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「地震は怖い」と初めて感じた!
・・・ 山本幸三
1. 2005年3月20日10時53分、自宅マンション(福岡県行橋市の9階建てマンションの8階)の部屋に居る時、突然揺れだした。前日は福岡で会合があったので福岡泊まり、朝9時25分発の特急で行橋に戻り(10時半頃)、次の外出の準備をしていた最中のことだった。横揺れが大きく、15秒か20秒位だったろうか。
その間、幾つかのことが頭を駆け巡った。
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まさか九州で地震が起きるなんて。
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このマンションは築7年だから耐震構造になっているだろうが、地震の無い 九州だということで手抜きをしてないだろうか。
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田んぼを埋め立てて建てたので、地盤が緩いのではなかろうか。
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ひょっとしてマンションは倒れるかもしれない。
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その時は仕方が無いが、せめて頭だけは守っておこう。
そう思って、テーブルの下にもぐり込んだ。
2. 幸い我が家の被害は余り無く、本棚の上から置物が2,3個落ちただけで済んだが、ショックは大きく、初めて「地震は怖いな」と感じたものである。本震が終わっているにもかかわらず、しばらくは体がフラフラする感じが取れなかった。数分してテレビが地震速報を伝え出し、震源地は福岡西方沖で震度7、福岡市から佐賀にかけて震度6、私の地元・行橋市周辺は震度5弱か4ということだった。「震度4であれだけだったら、6の福岡市内は大変だろうな。」と思った。テレビもテレビ局内の模様や外部に設置した固定カメラが大きく揺れる様
を伝えていた。用事を済ませて夕方戻ってきてテレビをつけると、ブロック塀が倒れて女性が一人死亡したこと、「福岡ビル」のガラスが割れて路上に落ちていく様、保育園の卒園式で園児が壇上に並んで記念撮影をしている時に地震が起き先生が必死に園児を助けようとしている様などを、何度も放映していた。また、玄海島全体が致命的な被害を受け、島民が福岡市内の九電体育館に避難したことも分かった。その他諸々の被害が伝えられたのである。しかし、三連休の中日、11時前ということで、人通りも少なく、火も余り使っていなかったのだろう、これだけの地震の割には、被害は小さくて済んだ。死者1名、火災ゼロである。奇跡的とも言えるのではないか。地震後一週間を経て、色々な人と意見交換したり、新聞記事を読んだりして、幾つかの教訓が得られた。皆さんの参考になると思うので、お届けしたい。ところで地震については、このメールマガジンの第8号で、山本経済研究所の代表である山本大蔵が、その可能性と対策の必要性について力説している。誠に先見性があるというもので、私自身も、恐れ入った。是非バックナンバー第8号も、読み直して欲しい。
3.(地震は必ず起こる)
「九州には台風は来るが、地震は起きない。」という神話があっさり崩されたのが、今回の福岡西方沖地震である。専門家によると、「日本中どこを探しても、安全な街は無い。」ということだ。東海地震や日向灘沖地震のようなM8クラスの巨大地震となる海溝型地震は、100−150年間隔で繰り返す。いずれも、その40年前位から露払いのように内陸で地震が起きている。前回の東南海地震は1944年、南海地震は46年だから、次は2040年位と考えられている。これ
から40を引いた2000年前後に起きたのが阪神大震災、これが始まりといえるそうだ。一度、海溝型地震が起これば、しばらく静かになるが、プレートは常時動いており、大地震の直後から、次のひずみがたまり始める。内陸部には、それを蓄える断層が無数にあり、いわば順番待ちをしている状況。やがてそれらが臨界に達し始め、内陸部の浅いところで幾つかの地震が起き、最期に“本命”の海溝型地震が来るというサイクルだ。内陸型地震は、海溝型地震と比べ、ひずみがたまる速度は、はるかに遅い。千年とか一万年という長い時間をかけて、ひずみを蓄える。しかも、断層によって活動の周期に幅がある。さらに、前の地震がいつ起きたか、誰も知らない。そんな断層が未知のものも含め無数にある。いつ地震が起きるかは、なかなか分からない。ただ、どこかで必ず起こる。海溝型地震の周期がある程度読めて、2040年位で、既にその準備活動が始まっているとすれば、これから30−40年、日本中のどこで地震があってもおかしくないのだ。我々は、真剣に地震対策を考えなければならない。今回の経験は、そのことをはっきりと教えてくれた。
4.(備えあれば、憂え無し)
今回の地震でも、備えをしていたかどうかで明暗を分けた例が多い。まず、地震保険に入っているかどうかである。九州では地震が無いという神話がまかり通っていたので、地震保険に入っている人が非常に少なかった。玄海島なんて特にそうだ。その結果、新築したばかりの家を失い、住宅ローンの支払いだけが残ったという人ばかりだった。気の毒としか言いようがない。国が何とか助けてあげられないのかという議論が必ず出るが、住宅は個人資産なので、これに税金をつぎ込むことは出来ない。もし例外を認めれば、何でも国が助けるべきだということになり、収拾がつかなくなるからだ。住宅や貴重な財産を持ったら、必ず地震保険に入っておく必要がある。建物や施設の耐震性の備えも大切だ。西鉄が所有する天神の「福岡ビル」も、テレビで何度も放映されたように、窓ガラス444枚が損壊、けが人も出した。同ビルは、1961年完成で、現在の耐震性基準には達していなかった。同じように古いビルでも、福岡銀行や西日本シティ銀行は、補修を済ませていたため窓ガラスや外壁の崩落はなかった。トヨタ自動車九州は、一年前5千万円かけて製造ラインの耐震性を強化、施設の損傷は軽微で生産に影響はなかった。「福岡ビル」のガラスが崩落する映像が何度も流されるものだから、福岡のあちこちで同じようなことが起きたのではと、東京の人達は思ったのかもしれないが、実はあれ一件だけである。福岡への旅行客がぐっと減ったそうだから、テレビの映像がもたらす影響は恐ろしい。こういう時の社員(家族)の安否確認の方法と、どこに集結させるのかを、予め決めておいた方がよい。電話は通じなくなるし、交通は渋滞してしまうからだ。今回面白かったのは、携帯電話は駄目でもメールは大丈夫だったことだ。携帯電話は、こうした場合、公的な緊急連絡用の為に、一般の使用者の利用をカットしてしまう。ところがメールは、そうした制限をしないので、唯一の通信手段になったのである。私自身も、家族との安否確認はメールで行った。メールは、しっかり練習しておきましょう。災害対策訓練も重要だ。こうした訓練は、本当に役に立つのだろうかと思ってやるのがほとんどだろうが、デパートや学校で、「最近訓練をやったばかりだったので、慌てないで済んだ。」という話を結構聞いた。テレビに何度も出た保育園の園長先生がたまたま知り合いで話を聞いたのだが、3日前に防災訓練をしたばかりだったので園児も落ち着いて先生の言うことを聞いて無事避難出来たそうだ。パニックになったのは、母親の方で、思わず我が子の元に駆けつけようとしたそうだが、椅子が邪魔になって動きが取れず、その間に、先生が誘導出来たそうだ。母親の中ですごかったのが、テレビの映像になったカメラを回した人で、テレビ局勤務の方だそうだ。他の母親が皆カメラから手を離したのに対し、彼女は、カメラを回し続け、終わったら、すぐにテレビ局に駆けつけたそうだ。正に、「女は強し。」である。預金通帳とか印鑑をナップサックの中にまとめておいて、さっと持って出れるようにして置くとよいかもしれない。ただこれは、泥棒が入ると、全てを盗まれるというリスクと裏表になるが。私自身も、大蔵君のアドバイスに従って、東京では貴重品をナップサックにまとめていたのだが、九州ではすっかり油断していま
した。
5.(心配な悪影響)
地震は、直接被害を受けた方々だけでなく、様々な悪影響を社会にもたらす。まず心配なのは、人々の精神的なショックである。整形外科の先生の話でも、地震後「腕の関節が気になるのだが。」と、日頃はあり得ないような症状を訴える患者が増えたそうだ。精神的なショックは、女性の方が大きいそうだ。余震があると、最初の時の状況を思い出すという、フラッシュバックの症状を訴える女性が多い。その点、男性は鈍感なのか、そういう症状は余り無いようだ。そうした状況は、人々の気持ちを落ち込ませてしまう。その結果、買い物も控えがちになる。経済活動が停滞しがちになる。事実、鉄道の旅客は減ってきている。九州の中でも最も活気があるといわれた福岡が沈滞しだすと、景気回復にもかなりの悪影響を与えるかもしれない。思わぬ伏兵だ。
6. 「地震は自分の問題ではない。」と考えるのは、やめた方がよい。今から直ちに、真剣に対策を講じるべきだ。私は、そのことを実感した。全てを失う前に、そう気付かされたことに感謝したい。私は、ついていた。例えば、あの朝、「特急列車を一便遅らせて、お茶でも飲もう。」と友人から誘われたのだが、何か感ずるところがあって、「いや、今日は早めに戻ることにする。」と9時25分の列車に乗ったのである。あと20分遅かったら、私は、行橋に帰りつくことが出来なかった。また、地震の強さも阪神淡路や新潟中越地震ほどではなかった。不幸中の幸いだった。何か、神様か仏様が、「教訓を与えるから、しっかり準備しておけよ。」と言っているように思えてならないのだ。是非皆様も、準備万端整えられるよう、お勧め致します。
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