「山本幸三を励ます会」 雑誌・リベラルタイム2月号に掲載されました
■ 山本幸三レポート 〜 映画パッションを観て〜


映画パッションを観て ・・・ 山本幸三


 映画「パッション」を観た。本題は、Passion of the Christで、イェス・キリストが捕えられ、磔にされるまでの12日間を描いた作品である。キリスト教の奥義を究めてもいないし、歴史に詳しい訳でもないので、見当違いもあるかもしれないが、幾つか感じるところがあったので、述べてみたい。

1 宗教的には、イェス・キリストを捕え、磔にすることを主張したのが、ユダヤ人宗派団体だったので、この映画は、「反ユダヤ主義」だとして、強く批判された。この点は、今日のアメリカ大統領選にも影響を与えており、後述したいと思うが、私の主要関心事は、映画が問いかけている主題そのものにあった。私は、「思想」の勉強の立場から、「自己の信念に確信を持つ者しか、他人もこれを信ずることが出来ない。」ということを、改め
て確認した次第である。サタンは、ありとあらゆることをして、このイェス・キリストの信念を崩そうとするが、イェス・キリストは、いかなる拷問にも、罵倒にも屈することはなかった。鞭打ちや、磔で手足に釘を打ち付ける場面などは、余りに残酷で、正視出来なかった。元々私は、血に弱く、注射針さえ苦手の方なので。

2 ところで、映画の場面で一箇所だけ、どうしても理解出来ない所があった。それは、最期に近い場面で、キリストが、「父(神)よ、何故私をお見捨てになるのか?」と嘆く一言である。これは、最初に、「私には、決意が出来ている。」と言ったこととか、その直ぐ後で、「私は、あくまで父(神)を信じている。」と叫ぶことと、平仄が合わない。キリストも一瞬、迷ったということなのか。しかし、それでは、何故あれだけの拷問に耐えることが出来たのか判然としない。聖書にも、そう書かれているのだろうか、誰か分かる人が居れば、教えて欲しい。

3 「思想」の勉強では、価値ある人間とは、その人自信が優れていると言うのではなく、その人の「信じているもの」=「価値観、目的」に限り無く価値があることを言う。「価値観、目的」が、普遍的で、共同体に貢献するようなものであるかどうかが、問われるのだ。そして、それを、明確な言葉で、語ることが出来なくてはならない。自己の価値観、目的に、揺らぎ無き確信を持つ人こそ、他人もまた、その人を信ずるのである。しかし、これは、容易なことではない。イェス・キリストのように、いかなる拷問に遭おうとも、なおかつ、「その人を赦したまえ。」と祈ることが出来る人でなければならない。あの聖ペテロでさえ、三回、「私は、キリストなど知らない。」と、口走ったほどなのだから。我が道の険しなることを知る。

4 現実には、イェス・キリストの受難のようなことは、我々凡人には、有り得ないだろうが、自己の価値観、目的が本物であるかどうかを試されることは、しょっちゅう有ることだろう。この乱世の時代では、猶更である。その時、貴方は、自己の信念を曲げないで、貫き通すことが出来るのかどうか?それに値する価値観、目的であるのかどうか?いざ、そういう事態に立ち至った時、貴方は、イェス・キリストの何分の一まで、持ちこたえられるだろうか?この映画は、そういうズシリと重たい問い掛けを、我々にしているように思われる。

5 さて、アメリカ大統領選も、民主党の党大会で、ケリー候補が、正式に選ばれ、いよいよ佳境に入ってきた。今回の大統領選では、二つの映画が話題になっている。第一が、この「パッション」で、第二が、「華氏911」である。後者は、日本ではまだ封切されていないが、現ブッシュ政権を痛烈に批判した作品であることは、よく知られている。監督は、マイケル・ムーア。前者の「パッション」の監督は、有名な俳優のメル・ギブソンである。メル・ギブソンも、一時期、アル中やうつ病に悩み、これをキリスト教に帰依することによって乗り切った。それが、この映画を作る契機となったのである。この点、ブッシュ大統領と全く同じである。ブッシュさんが、40歳の時に、キリスト教によって、アル中を克服したのは、よく知られている話だ。
 今回の大統領選で、決して表には出ないが、裏でかなり影響していると言われるのが、ユダヤ問題である。ケリー候補の父方の祖父がユダヤ系であり、その後、カソリックに改宗したが、ケリーの弟は、また、ユダヤ教に
戻っていることなどが、ネット上で盛んに流されているのである。これまで、カソリックの大統領は居たが、ユダヤ系は、初めてで、大丈夫なのかという訳だ。それと、この「パッション」が重なって、「キリストを拷問させ、死に至らしめたユダヤ人は、ひどい連中ではないのか。」という単純な発想が生まれているのである。勿論、メル・ギブソン本人は、「そんな意図は、全く無い。」と、強調しているのだが。

6 7月29日のケリー候補の指名受諾演説の出来は、非常に良かったと思った。ケリーにしては、終始にこやかで、間合いもよく、余裕さえ、感じさせた。中味も、国際協調を前面に出し、内政では、ミドル・クラス重視をしきりに強調し、医療や教育に力を注ぐと訴えた。結構、説得力があったように思えたが、その後の世論調査では、意外に支持率が伸びていない。既に、伸びきっていたからなのか、隠れたユダヤ問題が、顕現化してきたからなのか。8月末の共和党大会の結果が、待ち遠しいところだ。

7 共和党から民主党に代わったとしても、政策的には、大きな変化は起きないだろうが、政治の雰囲気が変わるのである。本質的に、共和党は、政府の善意とか、人間の情愛とかを信じていないが、民主党は、反対に、政府の役割やドロドロした愛情の価値を信じていると言えよう。ブッシュは、それほど有能ではないかもしれないが、そもそも、政府に頼るというのがおかしいのであって、安全さえ確保してくれれば、後は、自分の責任でや
るしかないというのが、共和党的なのである。他方、民主党は、大統領に夢を託し、その理想的なリーダーシップに従いたいという願望が強いのである。この辺を理解した上で、大統領選を見ていくと、極めて興味深いはずだ。

今回のアメリカ大統領選は、日本の小泉政権の行方にも、大きな影響を与えると思われるので、我々も、無関心ではいられないところだ。今後、現地からのレポートも含めてフォローしていくこととしたい。




メニューへ