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ニッポン放送株買収劇始末記(NO2)
・・・ 山本幸三
1 ライブドアがニッポン放送のフジテレビジョンに対する新株予約権の発行による増資差し止めを求めた仮処分申請で、東京地裁(唐子木康裁判長)は3月11日、「フジサンケイグループ経営陣の支配権維持が主目的で、不公正発行に当たる」として、予約権の発行を差し止める決定をした。
前回2月28日付けの草稿で、私が予想した通りの結果であり、"妥当"な結論であると考える。日本の裁判所も、「会社の支配権争奪など会社経営の最終的な決定権は株主にある」との原則を十分認識していることを示したものであり、海外の投資家にも評価されよう。ただ、個々の細かい議論になると、MM理論(前回説明したモジリアーニとミラーによる正統的な企業金融理論)からみて、ちょっとピントがずれているなと思われるところもある。何しろ、日本の証券市場は、俗説と神話が横行している世界だから。以下いくつかコメントしてみたい。
2 東京地裁の仮処分決定の内容は、大半は申し分ないと思われるのだが、ただ一つ「企業価値」に関する部分が、私の認識と違う。
ニッポン放送は、「ライブドア傘下に入れば企業価値が毀損されるのに対し、フジサンケイグループに止まれば企業価値の維持、向上が図られる。」と主張。東京地裁も、このロジックを受けて、「企業価値が毀損されるかどうか」という観点から検討を行った。結局、「どちらの計画がふさわしいかを数値化するのは困難」で、最終的に「いずれに経営を委ねた方が収益の向上が期待出来るかを判断するのは株主」だと述べた上で、当裁判所の判断の対象となるのは、「ライブドアの支配権取得により企業価値が著しく毀損されることが明らかといえるかどうかという点である。」とした。そして、「ニッポン放送のグループ各社の取引による売上高は2004年3月期で13億円と、全売上高の4%程度に止まっていることなどを詳しく分析し、「グループ各社との取引が中止になっても、業績に及ぼす影響は必ずしも甚大ではない。」ことなどから、「企業価値が著しく毀損されることが明らかであるということはできない。」と結論づけた。私からみると、なかなか苦しい論理展開である。
私は、もっと簡潔に、「収益の向上が期待出来るかを判断するのは株主」なのだから、既存株主(フジ以外の。以下同じ。)に判断の機会を与えない「新株予約権発行」は不公正とだけいえばよいのではないかと思う。
ここでの問題は、前回述べたように「自己資本の希薄化」の問題である。東京地裁の決定理由の中でも出てくるし、多くの有識者のコメントの中でも出てくるのだが、「会社が増資をして株数が増えるから、希薄化が生ずる。」という誤解が多い。増資をして、きちんと収益が上がるような投資をすれば「希薄化」は生じない。
「希薄化」は、「新株が長期的にみたときに、正常あるいは正当と思われる価格よりも低い価格で売られ、しばらく経って株価が正常な水準まで上昇する際のみに生ずる。」ことなのである。従って、売り出し価格が十分に高い場合にも生じない。
今、Nを増資前発行株数、Mを新株発行数、P*を正常な株価、Pを新株発行価格とすると、増資に参加できない既存株主は、増資に応じる株主(今回のケースではフジテレビ)よりも、一株当りの利益がM/N(P*-P)だけ少ない。これを「自己資本の希薄化」というのである。
ニッポン放送の亀淵社長は、「フジサンケイグループに止まった方が企業価値の維持、向上が図られる。」と主張しているが、それは、上記の式でいえば、P*がより大きくなるといっているということだ。即ち、「希薄化」の度合いがより大きくなるということ、「既存株主をいよいよ無視しますよ」といっていることと同じことだ。本人は、そのことをまるで理解していないようであるが。
こうしてみると、「企業価値が上がるからよい。」というロジックではなくて、「企業価値が上がるなら、既存株主を無視するのはなおさら悪い。」というロジックで考えるべきではないか。MM理論からみると、こちらの方がより適切なように思える
3 本来、フジテレビが採るべきだった手段は、「TOB価格を引き上げる。」ということだったのではないか。そうすれば、既存株主の権利を侵害することはないし、ライブドアに対して王道で対抗するという姿勢を示すことが出来たはずだ。
TOB価格を5950円のまま据え置いたことは、もう一つの問題を生んだ。TOB締め切り日のニッポン放送の株価は6600円だったので、TOBに応じた株主は、一株当り650円の損を出してこれに応じたことになる。従来の取引関係があるからなどという説明がなされているが、説得力があるのかどうか。株主代表訴訟が起こっておかしくない話である。
この点、トヨタはさすがで、時価より低い価格のTOBに応じることもしないし、また、ライブドアに株を売ることもしないとした。経団連会長会社として中立を保ったということだろうが、立派な見識である。これに対し、時価より低いTOBに応じた会社は、今後困ることになるのではないか。
ライブドアの「立会い外取引」については、東京地裁も「違法ではない。」としたが、既に法改正の対象になっている。これ以降は、ライブドアも、買収意図や将来計画を曲がりなりにも示しているので、事実上のTOB合戦が行われているとみるべきだろう。ライブドアは時価で買い集めているのだから、フジもこれに応じて価格を上げるという対抗策を講じるべきだったのではないか。
4 企業のステークホールダーとしては、株主だけではなく、債権者や経営者、従業員、取引先などがあるではないか、彼らの利益も同様に考えるべきと主張する人もいる。しかし、その負担するリスクや成功した場合の恩恵の度合いなどからみて、株主とその他の人達とでは、根本的に異なる。債権者は確定した利子額を受け取るだけだし、経営者や従業員は、企業が赤字になってもせいぜい所得の一部が減るだけで済む。しかし株主は、所得を失うだけでなく、キャピタル・ロスも蒙り、その程度は、経営者や従業員の比ではない。資本コストの負担者、投資収益の受益者は、第一義的には株主であって、その他の人ではないのである。
5 今回の仮処分の決定が出たことによって、ライブドアの立場がかなり有利になった。ニッポン放送は、次の手段として「名義書き換えの拒絶」を考えていたようだが、東京地裁は、これについても、「名義書き換えを拒絶できる理由は特に存在しない。」とした。従って、3月末までに50%超の株を買い占めることが出来れば、ライブドアは、ニッポン放送の支配権を握ることになる。当然、6月の株主総会で役員の総入れ替えを求めることだろう。それから先、増資をしてフジの比率を25%以下に落とせるのか、上場廃止の事態をどう乗り切るのか、まだまだ課題は多い。そうなると、ニッポン放送の大株主同士として、フジも協議のテーブルに着かざるを得ないのではないか。
6 今回の買収劇をみていて、株式市場のことをより詳しく知っていて、「株主の利益は損なわない。」というMM理論にも通じる論理を持っていたライブドアの方に、一日の長があったように思う。フジは、王道を歩むべきを、一瞬の迷いで「奇策」に頼ったため、正当性を自ら失ってしまった。ニッポン放送に至っては、経営者の体をなしていない。
今更ながら、経営者が、「まともな企業金融理論」をしっかり身に着けておくことがいかに大切かがよく分かる。
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