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1 地元の苅田町にある西日本工業大学の「社会倫理」授業の講師として委嘱を受け、2004年6月18日、前期分の講義を行った。この科目は、実社会で活躍している人達から、「人生の生き方や考え方、他人との関わり方」等を聞くというユニークな試みである。ただこれまでのところ、
専門家の意欲と学生の受け止め方の間にギャップが大きく、学生の人気は、余り高くないという。そこで、私は、今回は極めて世俗的な話をしてみようと思い、「乱世で成功する法」と題して、自己の経験を交えた話をすることにした。それに、少し「思想」の話と彼らの専門の科学の話を加えてみようと思った。我がメールマガジン「いであ・いんべすと」会員の皆様にとっても、参考になるかもと思うので、紹介してみたい。
2 まず私の自己紹介をすると、私も、最初は、大学の理科系に入った。高校時代に、数学や物理が出来たということからなのだが、その頃、朝永振一郎という人が、ノーベル物理学賞を取ったことも影響したと思う。しか
し、大学一年生の数学の授業の第一週目で、「ああ、自分は駄目だ。」と、すぐに悟った。さすが東大で、3時間目の演習の教室に入ってみると、10人位の学生が、黒板に張り付いて、問題を解いていた。私の様に、準備はしているが、「先生には、成るべく指されなければいいな。」と考える手合いとは、まるで違うのだ。「俺の解き方は、どうだ?」と、教授に挑
戦しているのだ。そこで、理系は無理だ、文系なら日本語さえ分かれば何とか成るだろうということで、転科を決意した。
3 それ以来、私は、数学が出来る人を、無条件に尊敬するようにしている。同級生で一番出来た大島君というのは、今、東大数学科の教授をしているが、彼の子供は、小学3年で、大学レベルの数学をやるように
なったという。どうしてかと問うたところ、「子供の創造力を素直に伸ばせば良いのだ。」と教えてくれた。彼の子供はまず、車のナンバープレート
に興味を持ったそうだ。「あれは何だ?」と聞いてきた。そこで初めて、「あれは数字というもので」と最小限だけ教える。子供は、また色々考えて、質問してくる。そこで、次に足し算、引き算の概念を教える。子供の集中力はすごいもので、一週間位同じ問題を考えて、訪ねてくる。疑問や関心を持ったら、初めて教えてやるという具合にやっているとどんどん創造力が伸びていくというのだ。日本の教育の問題は、疑問や関心を持つ前に、何でも詰め込んでしまうことだ。だから、皆、数学が嫌いになるのだ。親は、余程、気を付けていなければならない。私の場合は、もう手遅れだが、諸君が子供を持ったら、是非参考にしてもらいたい。
4 さて、話を戻すと、法学部を受け直そうかと思ったのだが、丁度、東大紛争で、入試中止となり、結局、経済学部に理科から3名採る枠があって、これに救われた。経済学部の授業は、非常に面白く、良く勉強した方だろう。折角、文科に移った以上は、「大蔵省にでも入って、その内、政治家になるか。」と、漠然と考えていた。大蔵省では、コーネル大やハーバード大に留学させてもらい、また、第一回東京サミットや日米円ドル委員会を担当するなど、面白い仕事をさせてもらった。1987年に退官し、選挙運動を始めた。90年の初回は失敗したが、93,96,2000年と連続当選、昨年11月に、また落選して、今日に至っている。
5 そうした経験を踏まえて、諸君に、「人生で成功する為の鍵は何か?」と問われれば、それは、「敵を作るな。」ということだと答えたい。実は、このことを初めて言ったのは、田中角栄という政治家である。田中角栄という政治家を、知っている人は?(ほとんど手が挙がらない)。1983,4年生まれの諸君は知らないかもしれないが、彼が総理になった時は、今の小泉さんよりも人気があったのだ。田中真紀子さんは、その娘なんだよ。田中角栄が大蔵大臣をしていた時、秘書の早坂茂三という人に、「おい早坂、政権を取るには、どうしたらよいと思うか?」と聞く。早坂氏は、少し考えて、「味方を増やすことでしょう。」と答える。すると田中角栄は、「違う、敵を作らないことだ。」と言った。「何故なら、味方を増やそうとすると、金も労力もかかり、効果も怪しい。他方、敵を作らないようにすることは、簡単だし、気も楽だ。」と。田中角栄は、こうして政権を取っていくのだ。私も、自分の敗戦の原因を振り返ってみて、「敵を作り過ぎた」ことにあると、反省しているのだ。
6 しかし、このことは、「言うは易く、行うは難し。」である。というのは、我々の思考形態が、「分離・分析の思考」に支配されているからである。日本の教育は、ずっと「能力があるのは、分離・分析が得意であること。」とされてきた。この為、「自分と他人」、「善と悪」、「敵と味方」といった具合に、全ての物を、分割、対立的に捉えるのである。この「分離の思考」に囚われている限り、敵を作り続けることになる。これでは、乱世を生き残ることは出来ないのである。
7 そこで、新しい発想が必要となる。それは、「統合の思想」と呼ばれるものだ。「統合の思想」とは、簡単に言えば、相手の属性は、、自分自身のイメージの投影に他ならないと考え、敵は、実は、自分自身即ち味方なのだと考えていく思考形態なのだ。「思想」の勉強を深めることによって、悪の中に善を見出し、敵も味方にしてしまうことが出来るようになる。
8 「統合の思想」というのは、今日の科学の新しい方向と合致しているところが面白い。諸君の内、「熱力学の第二法則」を知っている人は?(ほとんど手は、挙がらず。) これでは、工業大学とは言えないのでは?ちょっと復習してみよう。「熱力学の第一法則」は、「エネルギー保存の法則」だ。いかなる系のいかなる物理過程においても、その前後でエネルギーの総和は変わら
ないということ。形態は、運動エネルギーとか位置エネルギーとか化学的エネルギー等と、色々変わるが、その総和は変わらない。太陽エネルギーは、光合成によって植物に吸収され、ケミカルな物質に姿を変える。動物や人間は、それを食物という形で体内に取り入れ、ケミカルな物質に姿を変えているエネルギーを吸収する。そういうエネルギーの中に身を置くことで、人間はその生を保っているのだ。
9 次に問題の第二法則だが、これは、エネルギーの方向性を示すものだ。「熱は、必ず高温の物体から低温の物体に移り、その逆は起こらない。」とか、「熱は、すべて熱平衡の状態に向かう。」とか、「熱を完全に仕事に変えることは出来ない。」とか言われるが、最も有名なのは、「エントロピー増大の法則」という表現である。エントロピーというのは、「無秩序さの度合い」、「乱雑さ」、「秩序の解体」、「でたらめ」、「散逸」、「ランダムさ」といった意味で、エネルギーは、これが増大する方向に流れるというのである。この世界に生起する現象は、全てエネルギーの流れだが、その流れは、全て、基本的には無秩序さの方向に向かっているということ。全宇宙は、秩序の解体の方向に向かっているのだ。またエントロピーとは、エネルギーの「質」の問題と言ってもよい。「質」とは、仕事をする能力である。良質のエネルギーが、劣化するということ。秩序ある集団は、仕事が出来るが、内部がバラバラだったら、仕事をする能力は落ちる。孫子やクラウゼヴィッツが言うように、「戦いは、内で負けるのである。」
10 しかし、それにもかかわらず、我々が住んでいる世界は、秩序ある世界だ。我々の肉体は、ただのバラバラの物質でなく、高度に秩序立てられた物質の塊である。これは、一体何故なのか?これこそ、宇宙の大いなる謎なのだ。生命の最大の謎は、その誕生、即ち、この秩序の成立にある。一つの説明は、「エントロピー増大の法則」は、自然の大きな全体について言えることであって、ある限られた時空の中でなら、エントロピー増大の法則に逆行する、その中ではエントロピーが減少する方向に事が進行していく系が、一時的には存在し得るとされる。
11 諸君の勉強していることと関連付ければ、あらゆる生命体は、環境問題をかかえており、それは、死の空間の中に、いかに生命空間を確立し、それを維持していくかという問題だということ。環境学部の人は、そういう観点で、物を考えなければならない。ところで留意しておかなければならないことは、どんな系でも、エネルギー的にそれが完全閉鎖系であれば、エントロピー増大系にならざるを得ず、エントロピー減少系であるためには、それが開放系でなければならないことだ。システムを考えるときに、このことを忘れてはならない。
12 次に、一時的にせよ、何故エントロピー減少空間が成立出来たのかと言うと、「それは、偶然だという説」と、「未発見の自己組織化原理があるに違いないという説」の二つがある。後者を、複雑系の科学が追及している。13 元に戻るが、「統合の思想」というのは、この「自己組織化原理の一つの試み」と考えられるのではないか?田中角栄は自覚していなかっただろうが、彼の名言が、今日の科学の最先端の問題を暗示していたかも知れないことは、驚くべきことである。諸君が、将来会社をリードする立場になった時、「敵も味方にするのだ」という気構えで臨んで欲しい。その為には、トップとして、社員全員が共有できる普遍的に価値ある目的を掲げ、秩序ある組織を築き上げていくことが必要だ。
14 「統合の思想」は、物理学の基本原理である「対称性の原理」とも相通じる。世界は、本質的に対称的にできている。例えば、「エネルギー保存の法則」とは、時間の移動に関しての対称性に他ならない。このように、ある対称性があれば、必ずそれに応じた不変量があり、それは同時にある保存則の存在を意味する。(アマリー・エミー・ネーターの定理)この中で、鏡映対称性(パリティー)というのがある。右と左の違いはあるが、それ以外に物理法則は、何も変わらない。どんな物理法則も、右向きだけに有利とか、左向きだけ有利というものは無い。これは、まさに「統合の思想」の根拠になり得るのではないか。
(注)厳密に言うと、1956年、ヤンとリーが「パリティーの破れ」を発見するが、これも「弱い相互作用」で、「強い相互作用」では、依然、対称性は維持される。
15 少し、物理の話をし過ぎたが、今後社会人になった時、「敵を作るな」というアドバイスは、きっと役に立つと思うので、心に留めておいて欲しい。そして、自分達の勉強していることが、宇宙の原理の中で、あるいは社会の原理の中で、どんな意味を持っているかについても、考える癖をつけて欲しい。
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