「山本幸三を励ます会」 雑誌・リベラルタイム2月号に掲載されました
■ 山本幸三レポート 〜 永田町の経済学 〜

東大で「永田町の経済学」を講義

 2004年6月4日、今年から新設された東京大学公共政策大学院のセミナーで午後1時10分から2時50分まで、「永田町の経済学」と題して講義した。経済学部の伊藤隆敏教授の依頼によるもので、同大学院の経済分野専攻の約30名が聴講した。伊藤教授と金本良嗣教授も同席した。最初に、国会で私が質問に立った様子をビデオで15分程紹介。それから、私の国会議員生活10年間の経験を通して、永田町では、まともな経済理論がほとんど理解されていない現状にあることを、以下の実例を示して紹介した。

1. 原始ケインジアン
 永田町の政治家の間で、経済理論らしきものがあるとすれば、原始ケインジアンの理論ぐらいだろう。景気対策と言えば、財政拡大、特に公共投資拡大しかないと考える。これが、過去10年以上、一貫して採られてきた政策である。
 しかし、この原始ケインジアンの理論が妥当したのは30年前の固定為替レートの時代であって、変動相場制の下では、ほとんど無意味であるということが、未だに理解されていないのは、驚くべきことである。
 変動制の下では、マンデル・フレミング理論が妥当する。即ち、変動制の下では、財政支出を拡大しても、金利が上昇し円高となって、その効果が相殺される。逆に、金融を緩和すると、金利が低下、円安となって、二重の効果が得られる。1997年の予算委員会で、私は、このマンデル・フレミング理論に基づいて、公共投資の乗数効果が低下しているのではと問題提起したのだが、時の亀井静香建設大臣や麻生太郎経済企画庁長官は、何を言っているのかよく分からない様子だった。

2. 日本市場の閉鎖性と貿易黒字
 サマーズ初めアメリカの政治家から、「日本の市場が閉鎖的だから、アメリカの物が売れず、日本の貿易黒字が溜まるのだ。」と批判され、反論も出来ず、何かしなければいけないということで、自動車部品購入や財政支出拡大を続けてきた。その結果が、今日の大量国債累積とデフレ不況である。全くサマーズにして遣られたと言うしかない。マクロ経済をきちんと勉強していると、「市場の閉鎖性と貿易黒字には、何の関係も無い。」ということが言えるのだが、素人的には、なかなか難しい。
 その説明は、こんな具合になる。
基本的な説明式は、S−I = X−Mである。左辺は、貯蓄と投資の差を表し、右辺は輸出と輸入の差、即ち、貿易収支を表す。つまり、一国の貿易収支は、その国の貯蓄・投資バランスのみによって決まり、市場の閉鎖性とは何ら関係が無いのである。もう少し分かり易く説明すると、次の様になる。
 まず、今、日本の市場が閉鎖的だったとして、これから全ての障壁を取り除いたとしよう。この時、日本の黒字は減って、アメリカの赤字は減るだろうか?
(1) 第一段階としては、アメリカからの輸入が増えて、日本の輸入競争産業は、被害を被る。この分だけ、日本の黒字は減る。
(2) 次に起こることは、失業が増え、景気減退、物価下落圧力が生じ、日本のGDPが減少する。金利も低下傾向となり、円レートが円安に向かうだろう。
(3) 円安により、日本の輸出が増えだし、逆に、輸入は減り始める。最終的に当初のS−Iバランスの状況に戻って落ち着く。
 
 このロジックを理解していないために、サマーズの陰謀に嵌りこみ、日本経済をガタガタにしてしまったとすれば、無知の代償は、余りにも大きいのではないか?

3.インフレ・ターゲティング
 この政策の本家本元は、伊藤隆敏教授だが、政治家で、最も早くこれに注目したのが、私である。私は、従来から、マンデル・フレミング理論の立場に立って、最大の景気対策は、日銀の量的金融緩和である、それもマネタリー・ベースに着目して、これを着実に増やしていくべきだと主張してきた。その延長線上で、日銀の政策の透明性と責任を明確にする上で、インフレ・ターゲティングを是非採用すべきと、先頭に立って主張してきた。
 この点については、日銀は総力を上げて導入反対のキャンペーンを張っており、その効あってか、政治家の間では、我々の主張は大勢を占めるに至っていない。学者の間でも、理屈にならない理屈を挙げて、反対する人もいる。中でも、恩師の小宮隆太郎氏までが、日銀擁護に回っているのは、未だに理解出来ないでいる。
 反対論者が誤解していると思われる、幾つかの論点について、コメントしてみたい。

(1) デフレは貨幣供給量が少ないから起こる。
 速水元日銀総裁などは、デフレの原因として、「安い輸入品の増加」や「技術革新による生産性の上昇」を挙げていた。しかし、これらは、後述するように、説得的ではない。やはり、最大の原因は、日本の貨幣供給量が、90年代、過去の趨勢に比べて、大幅に落ち込んだことにあると考えるべきだ。
 岩田規久男氏の計測によれば、日本では、貨幣供給量の増加率が4.4%以下になると、デフレが生ずるとのことである。しかるに、1991年から2000年の貨幣供給量の増加率は、平均で2.7%しかなかった。日本経済が、90年代の半ばからデフレに陥ったのは、当然と言える。

(2) 名目金利と実質金利
 日銀は、従来から、実質金利の議論を、意図的に避けてきた。公定歩合やコールレートという名目金利を下げたので、金融は十分緩和されていると強弁し続けてきた。政治家を含め多くの人々は、そうした日銀の説明に騙され続けてきたというのが、私の見解である。
実質金利の計測は難しいが、クレディスイスファーストボストン証券の安達誠司氏がカールソン・パーキンソン法という手法により推定した結果によれば、2001年には、期待実質金利は、長期6.3%、短期5.7%で、90年の金融引き締め期と変わらない。金融は、この時期、むしろ引き締めの状態にあったと言うべきだろう。アメリカが、不況期に、実質金利をマイナスにして景気回復したことを思うと、何たる違いであろうか。

(3) 輸入デフレ説
 これは、相対価格と絶対価格の差が分かっていない、初歩的な誤解である。輸入品は、相対的に国内品より安く、人々は、輸入品の購入に向かう。この時、人々の所得に余裕が生じ、その分は、他の国内品に向かう。そうすると、輸入品の価格は下がるが、他の国内品は値上がりするはずである。その結果、全体としての価格(絶対価格)水準は、当初と余り変わらないはずである。デフレという問題は、上がるべき国内品も含めて、全体の物価水準が下がるということで、これは、総需要が不足しているからに他ならない。

(4) 生産性向上説
 構造改革が進むと、生産性が向上し、良い物価下落が生ずるとされる。しかし、この説が成り立つには、総供給曲線が右にシフトするということだから、実質GDPが増加していなければならない。実際に、実質GDPがプラスに転じたのは、2003年になってからである。ある産業の生産性の上昇は、相対価格を変化させるが、物価全体を下落させるというメカニズムは見当たらない。

(5) 日銀には、インフレを起こす手段が無い。
 もし、そうなら国債の大量累積問題は、一挙に解決出来ることになる。日銀が市場に存在する国債を買い占めても、何も起こらないことがあるだろうか?そんなことはあり得ない。必ず途中で、インフレ期待が生じ、金利上昇、国債価格暴落の状況が発生するはずである。

(6) 悪性インフレになる。
 こんなことを言うような無能な日銀マンは、早く辞めてもらいたいものだ。インフレ・ターゲティングは、そもそもインフレのコントロールのために、各国で採用され、実績を挙げているものである。

(7) 直ぐに名目金利が上昇して効果が失われる。
 期待インフレ率が上昇すれば、名目金利が上昇する可能性があるが、フルに上昇して効果が失われるのは、デフレ・ギャップが無く、かつ、長期均衡の場合だけである(フィッシャー効果)。デフレ・ギャップがある場合には、期待実質金利は、必ず低下するので、効果はある。
以上のように、反対論者の議論には、あまり根拠が無いと考えられるが、一般的に、政治家は金融論が苦手であり、現状は、日銀の説得工作にやり込められている。しかし、早晩、日銀も、インフレ・ターゲティング導入に追い込まれるはずで、我々の主張の正しさが明らかになろう。

4. 固定資産税と地価
 私は、税調で、デフレが終わるまでは、固定資産税の評価額の引き上げはストップすべきだと主張してきた。しかし、総務省の役人も税調の幹部も、受け入れてくれなかった。彼らには、固定資産税と地価の理論的な関係が分かっていないのではと考えている。
Ptを地価、Rtを地代、iを利子率、τを固定資産税率、gを地代の上昇率とすると、地価は、次の式で求められる。
  Pt = Rt / ( i+τ−g)
 固定資産税率の引き上げは、地代を割り引く割引率を上昇させるので、地価の下落をもたらす。総務省の役人は、固定資産税収が下がっているので評価額の引き上げが必要としているが、馬鹿げた議論だ。税収が落ち込むのは、税率を上げることによって地価が下がるからだ。
 このロジックが、まるで分かっていない。地価は変わらないという前提で、計算しているのだ。この関係式から、固定資産税の引き上げは、開発時期を遅らせたり、有効利用を阻害する働きがあることもわかる。国土交通省は、一方で、土地の有効利用を促進する政策を採っているが、税の面では、逆行した政策を採っていることになる。

5. 高速道路は公共財
 一昨年来、道路関係四公団民営化推進委員会の猪瀬直樹氏らにより、「収益性の無い高速道路は、凍結せよ」などという勇ましい議論が盛んに行われた。しかし、こうした議論には、「高速道路は公共財」という最も基本的な観点が欠落している。私的財は、一人が消費すれば他の人はもはやその財消費出来ないのに対し、公共財は、ある個人がその財を消費している時、追加的に他の個人が同じ財の消費に加わっても、両者の消費は互いに妨げられないという「消費の非競合性」を持っていることを特徴としている。もう一つの特徴として、ある特定の個人を排除しうるという「消費の排除性」ということもあるが、これは、費用さえ掛ければどの財も排除可能性を維持出来るので、ある意味では、相対的な性質と言える。公共財の供給は、市場メカニズムだけに任せておくと、その特殊性のために、社会的な見地からの最適な供給量を達成出来ない。それは、私的財の最適供給の条件が、

   追加的な財を供給するための限界費用=追加的な消費者の限界効用

であるのに対し、公共財では、

   追加的限界費用=個人Aの限界効用+個人Bの限界効用+・・・・ 

という複雑な形になるからである。
 理論的には、国民一人ひとりの限界効用を示してもらうということだが、実際上は無理な話であって、結局、政府が、国民全体の効用を推測して、政策的に供給量を決めるしかないことになる。
 いずれにしても、猪瀬氏や川本氏のように、民間企業並みの収益基準で考えるべきというのは、いかにも暴論である。勿論、道路公団には様々な問題があり、改革が必要なのは当然であるが、事の本質をわきまえない議論だけがまかり通るのは、看過出来ない。

6. 医療費の推計
 2002年の医療費改定の際、私は、厚生専任部会長を務めており、この時、サラリーマンの3割負担に絶対反対の論陣を張っていた。厚労省が、3割負担が必要とする根拠にしたのが、次のような「長瀬式」と呼ばれる推計式である。
 
 一般制度   y = 0.475x2 + 0.525    y=医療費、x=給費率
 老人保健   y = 0.499x2 + 0.501

 一体これは、どういう式だろうか?何故、二次式なのか?何故、a+b=1になるのか?元のデータ数も極めて少ない。
 こうしたことから、「こんな推計式は、統計的に無意味であり、3割負担の根拠は疑わしい。」と主張したが、官邸に押し切られてしまった。その後、厚労省も協力し、新しい推計式の開発を進めているところである。

(講義後の感想)
 学生の厳しい追及に会うかと緊張していたが、マクロ経済はまだやっていないのでとのことで、議論の応酬も無く、少々拍子抜けだった。現実の問題を理論で検証しなおすという作業に慣れていないということなのだろう。アメリカの大学だったら、これほど大人しくはあるまい。しっかり勉強して、我々をタジタジにしてもらいたいものだ。




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