山本幸三アルバム  〜 米国での生活 〜


コーネル大学のあるイサカは、かつて、「ターザン映画」が撮影された映画のメッカ。1940年代頃から、暖かいカルフォルニアのハリウッドに移っていったとか。タガノク滝をバックに日本人学生の人々と。

(山本:中央*右隣は、妻の寛子)

1974年8月8日、26歳の誕生日。

長男の大蔵君とそっくり。

コーネル留学時代は、家族同士で呼び合うホーム・パーティをよくやりました。カラオケは無く、アカペラで。メキシコ旅行をしたら、皆ヒゲを生やしているので、真似てみました。

(山本:左、右端は妻の寛子)

コーネル大・ビジネス・スクールの愉快な仲間達。
勉強の合間に、楽しいパーティを開きました。

(山本:前列中央)

コーネル大VSハーバード大のアメリカン・フットボールの試合観戦。寒さも忘れて盛り上がりました。

アイス・ホッケーの試合を留学仲間の今井夫妻と一緒に観戦。このリングで、「ある愛の詩」のアイス・ホッケーの場面が撮影されました。

(山本夫妻:右側)

1975年6月、コーネル大ビジネス大学院卒業式。美しいキャンパスともお別れです。

ハーバード時代、エズラ・ボーゲル氏と。
氏とは、日米関係についてよく議論した。


※エズラ・ボーゲル氏

ハーバード大学教授であり、「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」の著者

ハーバード時代、
ジェフリー・サックス教授と。

ジェフリー・サックス氏は、ハーバードでも20年に1度出るか出ないかと言われ、弱冠28歳で同大学の正教授になった。
氏とは、夏期セミナーで、フランス語を一緒に勉強した仲。

 

ハーバード時代、ライシャワー教授(元駐日大使)と 。

ライシャワー教授は、ハーバードでも誰からも慕われている。

 

ハーバード時代 国際問題研究所にて。

左は永井陽之助氏(青山大学院教授)。
右はエズラ・ボーゲル教授。

 

ハーバード時代、リチャード・クーパー氏と。

リチャード・クーパー氏とは、第1回東京サミット(1979年開催)を準備した時以来の付合い。

※リチャード・クーパー氏
元国務次官、元ハーバード大学教授

ハーバード時代、国際政治・戦略問題に興味を持って研究 。

左から、倉成力氏(倉成元外相の子息)、永井陽之助氏、ブレジンスキー氏(元大統領補佐官)。

 

ハーバード時代、テニスを始めた。

中々ボールが思い通りにいかないもの。

 

ハーバード時代、ドジョウすくいを披露
 

ボストンでハーバード対MITのカラオケ大会で得意のドジョウすくいを披露。アメリカ人にドジョウすくいを教える。

 

コーネル大学卒業20年後のリ・ユニオンで
 

台湾の李登輝元総統と。(1995年)

 


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