日銀新総裁が日本の景気を変える「金融緩和で脱デフレ」

2013年6月号 マガジンX

次元の違う金融緩和で今までの政策を全否定

 「100点満点に近い。これでやっと世界標準の金融政策が実現したと言えます」

 マネックス証券のチーフ・エコノミストである村上尚己氏は、4月4日に発表された日銀の金融政策に満足気だ。

 4月4日を境に日銀の金融政策は一変した。新総裁に就任した黒田東彦氏はこの日、金融政策決定会合を終え、「これまでとは次元の違う金融政策」を発表した。マーケットの衝撃は大きく「黒田バズーカ」などと言われた。実際に、この日を境に株高円安は急激に進んだ。4月15日時点でドル円は97円88銭。日経平均株価も1万3275円と上昇している。この時の決定事項をまとめると次のようになる。

◎インフレ目標の導入消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する。その方策は大きく次の2つに分けられる。

①「量的・質的金融緩和」の導入

●金融市場調節の操作目標を、無担保コールレート(オーバーナイト物)からマネタリーベースに変更し、2012年末で138兆円だったマネタリーベースを2013年末200兆円、2014年末270兆円まで拡大させる。そのため、年間約60~70兆円に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行う(毎月の買い入れ額は7兆円強)(図表1参照)
●長期国債・ETFの保有額を2年間で2倍に拡大し、長期国債買入れの平均残存期間を現状の3年弱から7年程度と2倍以上に延長する
●ETF(上場投資信託)、J・REIT(不動産投資信託)の買入れの拡大

②「量的・質的金融緩和」に伴う対応

●資産買い入れ等基金を廃止し、長期国債の買入れをする。
●日銀券ルール(日銀が保有する長期国債の残高を、銀行券発行残高の上限とする考え方)の一時廃止
●市場との対話強化
●被災地金融機関支援資金供給の1年延長

 ①がこれまでと次元の違う「量的・質的金融緩和」の中身(さらに詳細なバランスシートの中身は図表2を参照)だ。そして②はこれまでの日銀の金融政策を否定したものだ。特に資産買い入れ等基金は白川総裁時代の2010年から開始された日銀流の金融緩和策で、国債の購入対象を償還期限3年までに限定したものだった。それを廃止することで、長期国債の買い入れが可能となり、長期国債の買い入れが増えたことで長期金利の低下も促されることになった。実際に4月5日には長期金利の指標となる新発10年物国債の利回りが一時、O・315%と人類史上最低を記録した。「白川さんの時には資産買い入れ等基金と輪番オペがあってわかりづらかったのですが、資産買い入れ基金をやめてマネタリーベースのみを操作目標にすることでわかりやすくなりました」

 輪番オペとは、日銀が金融調節で実施する通常の国債買い切りオペのことを指す。「日銀が基金を作ったのはETFやJ‐REIT、長期国債といった日銀のバランスシートでは持ちたくない金融商品を別枠で持つためです。日銀がデフレを止めない責任逃れのために仕組みを複雑にして金融緩和をしなくてもしたふりができるようにしたツールなわけです。事実、基金は増やしてもベースマネーはほとんど増やしませんでした」(村上氏)

 15年間続いたデフレから脱却するために、黒田総裁は「戦力の逐次投入ではなく、いまできることをすべてやった」と4日の会見で語った。

 しかし、本当にデフレから脱却できるのだろうか?

 日本経済研究センターでは日本経済の将来予測を行っている民間エコノミスト約40名から、日本の総合景気判断等についてのアンケート「ESPフォーキャスト調査」を行なっている(2012年4月に経済企画協会から引き継いだ。協会は同年3月に解散)。その調査の「2年以内に目標を達成できるかどうか」という質問項目に対する答えは「いいえ」が31名で「はい」は2名。結果としてはネガティブなものだったが、回答期限が3月27日~4月3日と今回の決定が反映されていない。次回の調査の評価が気になるところだ。

 このアンケートには村上氏も答えているという。「僕は日銀がちゃんと金融緩和すれば2%いくと思っているので、1年後は無理かもしれないけど10年平均では2%とずっと答えています」

憲法や集団的自衛権よりデフレ対策こそが関心事

 日銀新総裁に黒田氏が就任したのは、安倍政権によるアベノミクスの一環だ。アベノミクスでは「大胆な金融緩和」、「機動的な財政出動」、「民間投資を喚起する成長戦略」が掲げられている。そのキモとなるのが「大胆な金融緩和」だ。

 しかし、かっての安倍総理は憲法改正、安全保障、教育基本法改正などを強く主張し、経済に対してこれほどまでにコミットした発言はしてこなかった。それがいまや世界が注する経済政策を主張するまでに変貌した。なにが総理をここまで変えたのだろうか。

 そのキーマンのひとりが山本幸三衆議院議員だ。なぜ安倍総理が金融緩和を主張するようになったのか。その理由を山本議員との一問一答形式で探っていく。

―安倍さんが金融政策をここまで強調するのは、以前の姿勢を見ていると意外でした。

 2000年8月に森政権下で日銀のゼロ金利解除が行われた時、安倍さんは官房副長官でした。そして小泉政権で官房長官だった2006年3月に日銀は量的緩和を解除し、7月に日銀は再びゼロ金利政策を解除しています。そして安倍政権になってからも2007年2月に日銀は政策金利を0・5%に引き上げています。せっかく景気がよくなりはじめたと思ったら、日銀が金融引き締めをして景気の腰を折っていたわけで、問題意識はずっと持っていたのでしょう。

―安倍さんが金融政策に関心を持ったのはいつごろからですか。

 東日本大震災後の6月16日に私も参加している「増税によらない復興財源を求める会」の会長に安倍さんがなってくれたことが大きかった。この会では財源を20兆円規模の日銀買い切りオペで作り、一気に復興をやれという緊急提案をしました。そうすれば復興が早く進むし、増税しなくて済むし、デフレからも脱却できる。一挙3両得を狙ったのですが、菅政権は理解してくれなかった。

 これで勉強会をするようになり、講師として呼んだのが浜田宏一・現閣府参与、岩田一政・現日本経済研究センター理事長、岩田規久男・現日銀副総裁、中原伸之・元日本銀行政策委員会審議委員、伊藤隆敏・現東京大学公共政策大学院院長、高橋洋一・現嘉悦大学教授といった私が知っているリフレ派の人たちでした。そういう勉強会を通して、安倍さんは、金融政策についての理解を深めていったわけです。

―総裁選の出馬会見をした時は、すでに日銀の格段の量的緩和政策等の推進を求めることを公約にしていました。

 議連の会長になったころは、安倍さん自身も再出馬できるか自信がなかったようでした。その時に「本当にカムバックしようと思うなら、憲法とか集団的自衛権とか教育もいいけど、いま日本国民は生活に困っているんだから経済をあげて国民生活を豊かにするという政策を打ち出さないと駄目だ」とアドバイスしました。すると「そのとおりだ」と理解をしてくれて、日銀法改正案まで作り上げた。これがアベノミクスの根本になったと思います。そして昨年7月9日に谷垣禎一総裁(当時)が衆院予算委員会で持ち時間を15分余らせて質問を打ち切りましたが、あれでは政権奪還はできないという意見が党内で広まりました。その翌日、北九州市のパーティで安倍さんと同席したので、「本気で出馬を考えたほうがいい」と言ったところ、安倍さんの側近である下村博文議員からも「そう言われた」と。それから本気に考えだしたんじやないかと思います。そして8月末に決断して9月の総裁選で、経済金融政策を訴えて勝ち、総選挙ではもっとはっきりとデフレから脱却するためには日銀の金融政策を変えないといけないと訴えたところ、国民が期待してくれて政権奪還につながったわけです。

―これによって日銀も安倍さんの政策に従わざるを得ない状況になりました。

 1月22日に政府・日銀の共同声明が出て、物価上昇目標2%を打ち出しましたが、期限設定もなく、日銀が本気で自分たちの責任で2%を達成しますという強いコミットメントをしていませんでした。共同声明では2%という数字は政府などが競争力や成長力強化の努力をすることで予想インフレ率が2%に近くなる。そうなれば日銀も協力しますという書き方で、自分たちが積極的にやるものではなく、政府に責任を転嫁するという意味なわけです。これではアベノミクスは失速してしまいかねないので、翌朝に安倍さんにメールしたら、「日銀はしぶといですね」という返事が返ってきた(笑)。

 それでやはり日銀法改正のプレッシャーをかけないといけないということで、2日後の経済財政諮問会議で白川総裁を招いての「金融政策、物価等に関する集中審議」をおこなったわけです。 安倍さんのこれまでの発言を聞いていると、金融政策について完璧な理解をしていますね。

―今回の日銀の金融政策に対しては、どう評価していますか。 2年後に270兆円という数字はマッカラムルール(量的緩和の規模から名目GDPの上昇率をおおよそ計測できるという計算式)で計算すると、2年後に名目成長率3%が達成できる規模になります。内訳はGDPデフレータで1%、実質成長率で2%。GDPデフレータで1%というのは消費者物価指数でいうと2%くらいなんです。言い換えると、消費者物価指数は2%あげますと。それはGDPデフレータで1%ですから、政府のほうでは実質成長率2%を目指してがんばってくださいというメッセージなわけです。そうすれば名目成長率3%が2年後には実現できるというという計算です。デフレ脱却は間違いないと思います。

 4-6月期の成長はものすごいことになるでしょう。そうなると、財政ファイナンスの批判を避けるためにも、財政健全化の路線はしっかりしているという姿勢をみせたほうがいい。消費税増税はブレずに来年4月に行うほうがいいでしょうね。

金融緩和の副作用を抑える手段が不十分

 消費税の8%を決定するのは10月だ。4ー6月期の景気がよければ増税を決定するとされている。増税を目指す財務省としても、その意味で景気上昇は追い風なのだろう。

 こうなると、気になるのが庶民への影響だ。金融政策で一般庶民が景気の回復を実感できるのは2年ほどのタイムラグがあると言われている。しかも円安と資源高のダブルパンチは庶民の生活を直撃する。景気がよくなる前に庶民の生活をどう守るかも、重要な課題だといえる。「金融緩和の副作用に通貨安による輸入物価の上昇があります。輸入品には食料とかエネルギーが入っていますから、その価格が上がってしまうことをどう抑えるかが安倍政権最大の論点になるはずですが、必ずしも十分な手を打っていません」

 こう言うのは、民主党で長年日銀法改正、大胆な金融緩和の必要性を訴えてきた金子洋一参議院議員だ。「野田さんが解散宣言をした11月半ばから4ヵ月半でおよそ2割円安になりましたから、輸入品であるガソリン代も上がることはわかりきったことです。これだけ時間があるのだから、円レートが安くなることの弊害について手を打つべきでした。たとえば、当分の間ガソリンの税率(旧暫定税率)の25・1円/Lをやめるという方法もあったはずです。いまレギュラーで149円前後ですが、25円安くなれば124円ですから、庶民の足は直撃しません。特に地方にとってクルマは必需品です。そういう人たちにとってガソリン代が上がることは非常に大きな打撃になります。本来はそういうところに目を向けるのが地方で地盤の強い保守政党である自民党がまっさきにやるべきだったことなのに、そのままにしている」

 金子議員が問題視しているのはガソリン代だけではない。輸入小麦の公定価格についてもこう指摘する。「4月に輸入小麦の公定価格(5銘柄加重平均価格)が9・7%上がりました。小麦はパン、中華麺、お菓子などの原材料です。ガソリン代と原材料費が上がるわけですから、基礎的な食料価格が上がることになります。ただ、輸入小麦は公定価格ですから、経済対策の中から数百億円を使って抑えることができるはずなのです。それなのにやっていない。食糧費やガソリン代は貧しい人も豊かな人も等しく使いますし、食費が占める割合は所得の低い人のほうが高いわけです。ですから円安による物価上昇は所得の低い人に響いてしまう。あるいは、自動車が必需品である地方の人たちに響いてしまう。だったら公共事業ではなく、こういう人たちにお金を回せばいいじゃないか。それをやっていないのはなぜと率直に聞きたいですね」

 円安になり株価が上がることで数字上の景気はよくなったとして、消費税が8%に上がった時、まだ庶民に景気回復の実感がなければ、消費は大幅に冷え込むだろう。

 金融緩和で企業や金持ちは恩恵を預かれるが、庶民には影響がないという批判があるが、このままではその通りになる可能性がある。しかし株高は株を持っていない庶民にも恩恵があるのだと金子議員は言う。「景気回復の実感を庶民が持てるまでは1年程度はかかると思いますが、株が上がったということは株を持っていない方にも恩恵があります。たとえば公的年金や私的年金はその運用に株式も利用していますから、株価が上がれば運用益が上がります。国債の利率が下がっていますが、これは国債価格が上がっているということです。これまで国債を保有していた人は売れば儲かるし、年金も運用に国債も使っているから運用益が上がります」

 中小企業にも影響はでてくる。「多くの企業会社も株や土地をもってぃるところがほとんどですから、3月期決算の会社はずいぶん潤ったはずでバランスシートが改善したでしょう。これで資金繰りも楽になったと思われますから倒産数が減ったり、解雇を考えていた人を解雇せずにすんだりしたかもしれない。ですから、株が上がるメリットは確実にあります」

 やはり金融緩和は必要なのだ。

金融政策なくして経済の健全な発展なし

 3本の矢のうち1本目(大胆な金融緩和)は放たれた。今後は第2、第3の矢の行方だ。しかし、大胆な金融政策を主張し、今回の日銀の政策を評価する論者は金融政策だけで十分だという意見が多い。「財政とセットでないとデフレから脱却できないと言われますが、僕は金融政策だけで十分だと思っていますから、財政政策は消費増税の先送りだけをすればいい。財政支出をやるなら公共投資一本槍ではなく、全項目を2~3%増やせばいいと思いますね」(前出・村上氏)「財政政策は金融政策とセットじゃないと意味がないというのは、マンデル・フレミングモデルではっきりしています。いずれにしても一に金融政策、二に金融政策、三に金融政策だと思っています。成長戦略というのは生産性を高めて潜在成長力を上げるという政策だから供給力を増やします。需要が整わなければ需給ギャップは開きますから、デフレ下ではデフレ要因になります。第2、第3の矢も金融政策の全面的なバックアップがないとデフレを悪化させるだけです」(前出・山本議員)

 マンデル・フレミングモデルとは変動相場制の下では、財政支出を拡大しても、金利が上昇し円高となって、その効果が相殺されるというものだ。つまり、財政だけを拡大しても景気は回復せず、金融政策とセットでやらなければいけないということだ。金融緩和をすれば、金利の低下と円安が起こり、財政政策の景気浮揚効果は確かなものになる。

 デフレ下では頑張っても報われないことが多かった。100社面接しても内定が採れないという人に努力が足りないと誰がいえるだろう。普通に頑張る人が報われるためには適度な経済成長が必要だ。その手段が金融政策であり、だからこそ日銀法第二条には「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」とあるのだ。

 この理念の下、日銀は金融政策のレジーム・チェンジをした。あとは結果がどれだけ早く出てくるか、だ。