デフレは終わるか?(2008.5.26)

デフレは終わるか?
2008.5.26 衆議院議員  山本幸三

1 現下の日本経済は、読み解くのがなかなか難しい状況になってきた。それは、実体経済が明らかに減速しつつあるのに対し、物価の数字が原油価格や原材料価格の高騰を受けて上昇しつつあるからである。日銀が金融政策運営の指標としている消費者物価指数(CPI)が昨年10月からプラスに転じ、総合でも生鮮食品を除いたコアCPIでも、ともに対前年比2月はプラス1.0、3月は1.2とかなり高い伸びを示している。他方、実体経済は日銀短観を見ても、内閣府の景気動向指数を見ても、先行・一致指数とも低下しつつある。最も正確に景気の状況を表すと思われる、不規則変動を調整したヒストリカルDIで見ると、去年の12月(55%)を境に50%を切り直線的に下落を続けている。  
 なお、1~3月の実質GDP速報値が年率3.3%の高い数字を示したが、これは、消費がうるう年効果で膨れたことと、輸出が円高による輸出デフレーターの低下で上振れしたことによるもので額面通りには受け取れない。4~6月にはマイナスになる可能性が強い。   
 こうした状況の下で、デフレは終わると判断できるのかどうか、慎重な検討が必要である。

2 ところで物価の番人たる日銀は、デフレは既に終わったと判断しているようだ。2008年4月の「展望レポート」で、日銀はコアCPIを2008年度で+1.1%、2009年度で+1.0%と見通しており、暗にデフレは終わったと宣言しているようなものだ。ただ、白川新総裁は「景気は減速している。金融政策には何らの予断も持っていない。」と慎重な言い回しをしており、予防線を張ってはいるが。  
 元々日銀は、デフレ脱却を次のように定義していた。「景気が回復する中で、物価が継続してプラスとなり、後戻りする恐れがなくなった状況をいう。」と。
 この定義からすると、「景気が回復している」と言えない状況は困ったことだし、更に「後戻りする恐れがない」というところも、自信が持てないところだろう。でも気持ちとしては、プラスが続くと信じたいのだろう。

3 このようなときにタイミング良く、みずほ証券チーフマーケットエコノミストの上野泰也氏が「デフレは終わらない」という本を上梓された。私の考えとほぼ一致しており、意を強くした次第だ。そのポイントをここで簡単に紹介してみたい。   
 まず、「コストプッシュ型の物価上昇は限定的かつ一時的」だということだ。物価上昇率は前年比、前年同月比を計算して上昇率を見るのが普通だが、コストプッシュ型のインフレの場合、需要の増加という「実力」が伴っていないため、値上がりから1年が経過すると、計算上、前年同月比は0%に戻ってしまうことが多い。これは、丁度消費税を引き上げた際の効果と同じである。  
 国内の需要サイドが重要なのだが、これは長い目で見てどうなるか?日本の人口動態には、「人口減少」「少子高齢化」という大きな構造変化が起こっており、衣食住に代表される国内の基礎的需要は、これから着実に減っていく。これが物価下落の大きな要因になるだろう。  
 景気が良くなって国内需要が盛り上がらない限り、コストプッシュ型のインフレは一時的でしかなく、デフレは終わらないのである。

4 日銀は、「賃金についても、労働需給がタイトな状況が長期化することから、じわじわと上昇圧力が加わっていくとみられる。」としている。確かに雇用者の数は増えているが、しかし、これは「非正規雇用者」の数が増えていることによるもので、労働者1人当たりの「単価」(賃金)は上がっていない。2004年に下げ止まり、05~06年に若干上向いた雇用者報酬は、07年にかけては横ばいに転じている。企業が「単価」の引き下げ努力を強め始めたからである。 06年3月から日銀が金融引締めに動いていることに加え、原油など原材料価格の高騰によるコスト上昇が、企業の収益を強く圧迫し出したのだ。中でも、大企業など取引先との力関係から、販売価格にコスト増加分を上乗せしにくい中小企業は、経営状態が苦しくなる中で、ボーナス削減などのリストラ策に手を付け始めたものと推測される。では、大企業の方は安泰かと言えば、決してそうではない。為替相場が以前よりも円高に動いたことで、輸出関連企業は為替差益を当てに出来なくなり、逆に為替差損を警戒せざるを得なくなってきたのである。 日銀の主張とは逆に、「賃金が上昇する前に企業収益が伸び悩み、さらには減少に転じて、賃金上昇の可能性はむしろ減退していく」と見るべきではないか。

5 日銀は、昨年(2007年)2月21日、政策金利の年0.25%から0.5%への引上げを決定したが、その時の根拠は「会合までに明らかになった内外の指標や情報をもとに、日本経済の先行きを展望すると、生産・所得・支出の好循環メカニズムが維持されるもとで、緩やかな拡大を続ける蓋然性が高いと判断した」ということである。その時の福井総裁は「アメリカのサブプライムローン問題は、それほど大きな問題にはならない。」とも、言明していた。  
 しかし実際には、1年経った2008年2月には、アメリカのサブプライムローン問題や原材料価格高騰の影響などもあって、日本の景気は日銀が追加利上げに動いた07年2月時点でのシナリオよりも明らかに下振れしており、日銀も公式にそれを認めるに至っている。言い換えると、07年2月に行われた追加利上げは、利上げが経済に実際に影響してくるまでのタイムラグを考えると、明らかに失敗だったと言えよう。

6 長期的な日本経済の構造変化や昨今の景気の現状を考えると、日銀の金利引上げ路線が破綻したことは明らかだ。さすがに白川新総裁は、「金利正常化論」を引っ込め、「先行きの金融政策運営について特定の方向性を持つことは不適当」と中立姿勢に軌道修正した。  
 しかし、「言葉だけで行動が伴わなければ意味がない。」というのが私の立場だ。過去の例からすれば、中小企業の景況感がここまで落ちた際には金融緩和策が必ず採られたのだが、今回はそうはなっていない。格差がいよいよ広がるばかりである。少なくとも0.25%の政策金利引き下げを直ちに実施すべしだというのが、私の考えだ。  
 現実の景気・物価状況から見て、政策金利の水準は何%が妥当なのかを冷静に計算するための算式にアメリカの経済学者で前財務次官を務めたジョン・テイラー氏が考案した「テイラー・ルール」というのがある。これに、内閣府による需給ギャップと潜在成長率の試算結果や望ましいインフレ率(2%として)を当てはめて計算してみても、大体0.25%位になる。  
 日銀の政策決定が遅くなるだけ、景気減速を止めるタイミングが遅れデフレ脱却も遠のくことになる。白川新総裁もまた、福井氏のようにいたずらに時間だけを重ね、デフレ脱却出来ずに終わる総裁になるのだろうか。

7 最後に上野氏が、デフレ圧力が続く下で「生活設計をどうするか?」について面白い提案をしているので、ご紹介する。  
 押さえておくべき大きなポイントは、「存在し続ける格差」と「グローバル化」の二つだという。「格差」は続くのだから、生き残っていくためには、「自分への投資」を積極的に行い、能力を磨けという訳だ。  
 また、海外脱出も一つの選択肢だという。あるいは、移民受け入れを積極的に図れという。果たして皆さん如何でしょうか?

(以上)