米国出張報告 (2006.4.29~5.5)

Ⅰ. 米国内政治

1  ゴールデン・ウィークを利用して米国(ボストン、ニューヨーク、ワシントン)を訪問し、日米国会議員会議に参加するとともに、何名かの要人とも個別に会談してきた。日米国会議員会議では、旧知のジム・センセンブレナー下院議員(共和)ジム・マクダーマス下院議員(民主)の他、ボブ・グッドラテ下院農業委員長(共和)などと意見交換。下院議長のデニス・ハスタート氏も、昔からの有力メンバーである。個別会談の相手は、マイケル・グリーンCSIS(戦略国際問題研究所)日本部長、リチャード・アーミテージ前国務副長官、ローレンス・B・リンゼー元経済担当大統領補佐官、ケビン・ウォルシュFRB(連邦準備銀行)理事等である。

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日米国会議員会議にて

2  米国ブッシュ政権は、イランやアフガニスタンでの戦争が泥沼化し、また、機密情報の漏洩等もあって世論の支持率が急低下、今や危機的状況にある。時あたかも、この11月には中間選挙を迎えることになっており、議員達も浮き足立っている。共和党の議員の多くは、大統領の不人気を嫌って、自分は大統領とは距離があるんだと強調する有様である。
  
 今、米国の最大の課題は、「不法移民問題」と「ガソリン価格高騰」である。

 まず「不法移民問題」だが、下院が不法移民を締め出す狙いで厳しい法案を提示した(その責任者は、下院司法委員長の我らが友人、ジム・センセンブレナーである。)のに対し、上院は寛大な対応を示すべきだとして、対立している。共和党内部で争っている訳で、民主党は、漁夫の利を得る立場にある。5月1日には、「移民の合法化を求める」大規模なストライキが行われた。不法移民は4千万人にも上るといわれ、米国経済は、今や不法移民無しでは立ち行かないのだということを示そうとした訳だ。

 このストライキに対してリンゼー氏は、「移民の拡大、合法化という観点からは間違った戦略だったと思う。移民はそもそも働きに来たのであり、ストライキをしてどうするのかという気になるし、また、余りに多くの移民がいたことが明白になるのはどうか。」と批判的だった。

 いずれにしても、地域事情や支援組織によって様々な意見があり、合意を得るのは容易ではない。

3  「ガソリン価格高騰」も、車社会の米国では、大問題である。昨年の今頃は1ガロン2ドル50セント位だったのに対し、今や3ドル20セントとか30セントである。家計にずっしり響いているのは間違いない。
  
 政治家も大慌てで、大統領は、「緊急備蓄を停止して、市場に回す量を増やす。」とした。共和党のある議員は、「石油会社に課税し、その収入で、1人当り100ドルを配る。」という提案を出したりした。
  
 いずれも、その効果は微々たるもので決め手にはならないし、馬鹿げてさえいるとされた。

 原油の高騰は、我が国にとっても重大事である。昨年1バレル60ドル台になった時驚いたものだが、今や70ドルを超えるに至っている。その主たる要因は、中国やインドといった新興国の需要拡大と産油国の供給能力不足にあることから、簡単には元に戻りそうにない。今後は、85ドルとか90ドルといったレベルを覚悟せざるを得ないかもしれないのだ。このことが世界経済に与える影響は、極めて大きいと言わざるを得ない。

 原油が上がるとCPIは上昇する。しかし、経済全体にはマイナスの影響がある。スタグフレーションを引き起こしかねないのだ。

4  以上のようなことから、今年の中間選挙では、民主党が勝つ可能性が高い。下院だけか上下両院とも制するかだが、今のところは下院だけ逆転するとの見方が強い。
  
 下院については、6年目の呪い(6th year
curse)という言葉がある。大統領の4年目から6年目にかけて、大統領を出している党の支持率は3分の2に下がると言われているのだ。これが当てはまると、民主党の勝ちとなる。

 一方上院では共和党がマジョリティーを失うことは予想しにくいという。今回改選されるのは2000年に選ばれた上院議員達であるが、2000年の上院選では民主党が勝ちすぎた。従って、今回多くの民主党の現職が共和党新人のチャレンジを受けることになり、全体としてはブレークイーブンで上院での共和党の優位は続くのではないかとの見方が強い。

 下院で民主党が多数を占めると、各委員長を民主党が取ることとなり、いわゆる喚問権を握ることとなる。こうなると、大統領の法案が簡単には通らなくなる。ブッシュ政権は、レイムダック化するのである。

5  2008年の大統領選挙は、どうなるだろうか。
 民主党は、今のところヒラリー上院議員が最も有力。しかし、実際の大統領選までにどうなるかは分からない。どちらの党も、通常メインストリームの候補とそうでない候補との争いになることが多い。前回2004年の大統領選では、ケリーが前者、ディーンが後者ということが出来る。ヒラリーは、従来左寄り、リベラル過ぎるとされてきたが、最近では中道寄りの姿勢を取っており、これが功を奏しメインストリームの候補になりうるか、どうか。

 共和党で名前が上がるのは、マケイン上院議員(アリゾナ州)、アレン上院議員(バージニア州)、ジュリアーニ・元ニューヨーク市長などである。マケインが本命視されているが、2008年の大統領選の時には彼は72歳になっており、米国では余りにも年を取った候補と見られるかもしれない。

6  ブッシュ大統領は、ホワイトハウス幹部人事を一新して、政権の立て直しを図ろうと必死である。

 新体制の最高実力者は、ボルテン首席補佐官である。彼は、かつて次席補佐官だったが、その頃から実力者だった。ただこのことは、日本の大使館もよく分かっていなかった。その後彼は、行政管理予算局長となり、議会対策で敏腕を振るう。ブッシュ大統領の信頼も抜群である。それは彼が、ブッシュが大統領選に手を上げた時、直ぐにゴールドマンサックスを辞めてロンドンから一番に駆けつけたからである。ブッシュという人は、そういう忠誠心を一番好むのである。

 行政管理予算局長の後任となったポートマン氏、ローブ補佐官の担当換えで政策担当となったカプラン氏、USTRとなったスーザン・シュワルツ氏、いずれもボルテン氏の腹心達である。ボルテン体制ががっちりと固まったといえよう。

 その一方で、これまで司令塔だったチェイニー副大統領とブッシュさんの間がしっくりいかなくなってきたという。チェイニーという人は元々ワーカホリックで、朝一番早く来て夜一番遅く帰るというのが常だったそうだ。しかし、情報漏えいでリビー元副大統領首席補佐官が起訴されるという事件があったことなどから、嫌気が差したのか朝も遅くなり、夜は早く帰るというようになったそうだ。このため、重要案件が直接ブッシュ大統領に行くようになり、大統領は、「チェイニーが仕事をしてくれない。」と感じるようになったというのである。

 チェイニーとラムズフェルド国防長官はがっちり組んでいるのだが、最近ラムズフェルドに対する風当たりが非常に強くなっている。退役軍人から退任要求がなされたり、「イラクに大量破壊兵器があると明言したではないか。」とマスコミからも厳しく追求されている。

 ライス国務長官は、ブッシュのお気に入りだが、チェイニーやラムズフェルドからは馬鹿にされている。自分で決める能力は無く、単なるメッセンジャーに過ぎないと見なされているのである。チェイニーやラムズフェルドは、ライスがいつも外国に行くように仕向けているともいわれる。

 日本側から重要なのはゼーリック国務副長官だが、彼は、どうも日本嫌いらしい。日本側が皆前任のアーミテージ氏のところばかりに行くので、気に食わないのだろう。加藤駐米大使でさえ、まだ一度しか会ってもらえていないという。彼は、もっぱら中国関係に取り組んでおり、「中国は、米国にとってResponsible
Partner(責任あるパートナー)だ。」と言ったのは有名である。
これで、彼は親中派と見られるようになった。ゼーリックは、有能であるが故に、ついつい教え口調になる。また、背も高いので、上から見下しているようにも見える。ブッシュ大統領は、このゼーリックのようなタイプが一番嫌いだそうだ。自分を馬鹿にしているように思うのだろう。

 私が米国を去る直前になって、CIA長官のゴス氏が突然辞任した。その背景は明らかではないが、情報機関の統括役であるネグロポンテ国家情報官との確執があるとされるが、本当のところはどうか。ボルテンあたりが嫌ったのかもしれない。後任で指名されたヘイドン氏は、現職の軍人であり、かつ、元NSA局長である。NSAが許可なしで電話を傍受したり、一般の人々の通話記録を収集したりしていることが問題となっており、ヘイドン氏の上院承認がすんなりいくかどうかは、分からない。

7  経済界の関心事は、財務長官の行方である。スノー財務長官は、既に辞意を表明しているそうだが、なかなか後任が決まらないのである。
  
 ウォール街のトップ3人に打診したが、全部断られたそうだ。他方、自薦で成りたい人は結構いるのだが、ブッシュさんが気に入らない。

 その筆頭は、ゼーリック国務副長官である。だが彼は、上記で述べたように、頭がよいが故に、ブッシュから嫌われており、可能性はほぼゼロである。

 インド大使をしているマルフォード氏も色気ありありだそうだ。彼は、1984年の「日米円・ドル委員会」の時の財務次官補で、私も交渉したことがある。かつてはサウジアラビア政府の顧問として、そのオイル・ダラーの運用を担当したことがあるといって、金融には詳しかった。しかし、サウジに近過ぎることが、今日では敬遠される原因にもなっている。人生のめぐり合わせとは、不思議なものだ。

 ブッシュ政権には、経済のコントロール・タワー、スポークスマンがいないといわれる。かつては、FRBのグリーンスパンがその役割を担ってきたが、バーナンキは、まだその域に達していない。グリーンスパンは、チェイニーと非常に親しく、毎日電話し合っていたそうだが、学者上がりのバーナンキにそんな芸当が出来る訳がない。

 リンゼー氏にこのことを聞いたら、彼は、少し冗談めかして「コントロール・タワーは、大統領だ。」と答えた。実際のところは、経済が好調なので、auto
pilot状態にある、あるいはno spokesman
ということだそうだ。

 これから米国経済も難しい状況に直面することを思うと、これも大きな問題になるのではないか。

8  ワシントンでは、米国政治だけではなく、日本の政治も動いていた。9月の自民党総裁選の前哨戦が、ワシントンでも活発に行われていたのである。各総裁候補は、皆ワシントン詣でを必須と考えているようだ。

 谷垣財務大臣は、3月に訪米していたが、他の候補は、5月に集中した。麻生外務大臣は、2プラス2で、額賀防衛庁長官と来られており、交渉の合い間を縫って活発に動いていた。多くの知日派と会ったり、ジョージ・ワシントン大学で講演したりして、名前の売込みを図っていた。

 福田・元官房長官は、連休を避け、10から18日の日程で訪米とのことである。彼は、在任中から有力なロビーストを雇い、ワシントンでの人脈も広い。ベーカー前駐日大使との親交も深く、政府要人と会うのには困らないだろう。

 問題は安倍氏だが、彼は現職の官房長官なので、東京を空ける訳にはいかない。このハンディーをカバーするため動いていたのが、実弟の岸信夫氏である。母方の岸家に養子に行ったので、岸姓なのだ。その岸氏が、精力的に知日派の間を走り回っていた。ワシントンで、安倍さんの本気さを確認した次第である。

 米国の国内情勢を知った上で、どのような日米関係を築くのか、各総裁候補の知恵の出しどころである。

Ⅱ. 米国経済

1  米国経済は、現状極めて堅調である。訪米直前の4月28日に発表された今年1~3月期の実質GDP成長率は年率4.8%と高い伸びを示している。しかし、今後については、二つの大きなリスクが存在する。一つは、住宅バブルの崩壊のおそれである。二つ目は、原油価格の急騰の影響である。これら二つのリスクについて、今回面談した人達は、一様に楽観的であった。何らかの調整は起こるだろうが、米国経済は、これを上手く乗り切り軟着陸可能だというのだ。果たしてそうか、興味深深である。
  
 以下、その代表としてローレンス・リンゼー元大統領補佐官とウォルシュFRB理事の見解を、それぞれ紹介しておくこととしたい。

2 (リンゼー元大統領補佐官)

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ローレンス・リンゼー元大統領補佐官と昼食会にて補佐官就任以前から旧知の間柄。ブッシュ大統領の就任式には、彼に招待してもらった。

(1) 米国経済は今後減速が予想されるが、小さなリスクはあっても深刻なものとはならないと考えている。

(2) 原油価格は勿論懸念材料の1つである。10ドル原油価格が上がるとGDPは0.4%減速すると言われている。昨年の1バーレル60ドル程度から本年は75~77ドルに上がると仮定すると成長率は0.6%程度減速することになるが、それでも本年の成長率を4%から3.5%に減速させる効果しか持たない。原油価格上昇の影響をより深刻にしているのが、ガソリンに混ぜるものをエタノールに変えるという規制の変更である。これによりガソリン価格が余分に上がっているが、いずれこの影響は沈静化するものと思われる。

(3)  より大きな問題は、住宅市場がどうなるかということである。住宅市場は過去15年間一貫して上昇を続けており、地域毎に見てもそのことに変わりはない。2つのリスクがある。第一は、住宅投資の減速がGDPに与える影響である。住宅投資のGDPに対する比率は歴史的な水準になっており、これがいずれ下がってくる。第2のリスクは、住宅抵当金融を通じた影響である。住宅価格の上昇を受けて、住宅の資産価値一杯までを担保にして借り入れを行い、これで消費をファイナンスするということが行われている。今後住宅価格が下がり始めると、消費にも影響が出てくる。

(4)  住宅金融の現状は、ちょっと異常である。例えば、私自身が最近バージニアビーチに別荘を買ったが、モーゲッジ会社に電話したら、直ちに資産価格の100%まで融資すると言ってきた。所得証明や納税証明書の提出を求めることもせず、3時間以内に承認する有様である。全国的にみても、ダウンペイメント(頭金)は住宅価格の3%程度までに下がっており、それ以外は全て借り入れによることが出来る。ここまで住宅金融が積極的に出来るのは、銀行等が貸付を決めたら直ちにセカンダリーでファニーメイ(住宅金融公社)などに売却し、これは直ぐ証券化されて投資家に更に転売されるからである。銀行等は、一切リスクを取らないで済むのである。このモーゲッジ証券を一番買っているのは、中国の投資家である。住宅バブルが破裂したら、中国の投資家が損失を被ることになるという奇妙な構造になっている。

(5) このクレージーな住宅金融の状況に対し、監督当局は警告を発し、銀行業界はある程度慎重になってきているが、多くのモーゲッジ・カンパニーはノンバンクでコントロールが効かない。規制緩和が影響している。私自身は規制緩和論者ではあるが、やや心配である。年金基金もこうした証券化されたモーゲッジを保有しているが、年金基金はマチューリティー・マッチングに長けており、資産を時価評価することを強制されなければ問題は生じないだろう。

(6) 米国の金融政策は、難しい局面にある。この時期にバーナンキ氏がFRB議長だったことは幸いである。原油価格の上昇、住宅市場の先行きの不透明性、リソース・ユーティライゼイション(労働・設備)のタイト化、インフレの兆候などの問題に直面している。引締めなければならないが、引締め過ぎてもいけない。5月10日のFOMCではFF金利を現在の4.75%から5.0%まで引き上げるだろうが、6月には一度休むのではないか。そのままずっとという訳では必ずしもない。6月になれば例年春のウエイトが大きい住宅市場の動きが明らかになってくる。その動向を見て、その後の金融政策を考えるのではないか。

(7) 財政も中間選挙の年であり、引締めにくい。GDPの需要項目の中で減速の方に行っているのは、外需の部分だけであり、その分貿易収支が更に悪化することになる。

(8) (「バーナンキ議長はインフレ・ターゲットを導入するか」との問いに対し)自分はそうは思わない。現在の状況は経済がフル・キャパシティーの状態であり、インフレ率もPCEコアで2%とFRBが暗に目標としているとされる1~2%のレンジの上限にある。もしもここでインフレ・ターゲットを入れることになれば、もっと引締めなければならないということになろうが、議長としては住宅市場の動向を見極めたいという気持ちが強いのではないか。

(9)  日本経済がよくなっていることを喜んでいる。しかし、ゼロ金利の解除については急ぎ過ぎる必要はないと考えている。日本は、まだ緩やかなデフレにあると考えられる。特にエネルギー価格を除いてCPIを見ると、まだデフレを脱却したとは言い難い。ただ自分自身は、公定歩合は少し上げてもよいと思っている。公定歩合は銀行の状況の如何に拘わらず、いわばほとんどフリーで借りられる資金になっている。他方、現在ゼロの誘導コールレート金利については、その引上げを慎重に考えるべきだと思う。

(10) ヘッジファンドの儲け方は、イールドカーブのタイム・スプレッドを取るか、リスク・スプレッドを取るか、少ないスプレッドでもレバレッジを大きくかけるか、の3つだ。確かに、そのいずれの手法も限界に来てしまっているが、他方で現在もまだまだ国際市場に流れる資本は潤沢である。

(11) アダムス財務次官の最大の課題は、いかに人民元の柔軟性を高めていくことが出来るかである。マレーシアやシンガポールの通貨もその延長線上にある。円は、2004年の春に介入を止めてからこれらのアジア通貨とは違う動きをしてきた訳であり、その意味で直接のターゲットではない。ただし、最近の円の上昇については、日本の当局もこれを容認するという立場を取るべきと考えている。日本は、中国の人民元問題についても米国と歩調を合わせタフなポジションを取ってきたし、中国との対話についても米国に協力的だった。このことを米国の当局は高く評価している。
 (12)ドルの減価が必要というのは、政治学の話ではなく経済学の話だ。現在の経常収支の不均衡を考えると、ドルは人民元だけでなく、円やユーロに対しても減価する必要がある。

 (13)中国経済はこのまま行くと、いずれトラブルになる。現在は明らかに投資し過ぎである。米国経済が減速すると中国経済には2倍の影響があると言われているが、今後米国経済が減速する際の影響が心配だ。中国は、製品をダンピングして凌ごうとするだろうが、これは国際的にトラブルを招くばかりでなく、中国にとっても長期的な解決に全くならない。

 (14)中国のリーダー達は、近視眼的だと思う。将来の調整をスムーズにするためにも、今はもっと人民元を柔軟に動かしていくべきである。胡主席が訪米した際の結果は、予想を下回るものであった。最低限1ドル8元を下回る水準まで切り上げを容認すると予想されていたが、そこまでもいかなかった。

 (15)中国は靖国の問題、歴史問題を言い立てているが、中国自身が毛沢東の時代を見れば分かるように、自分達の人民に対して、やさしい・平和的な国家という訳では決してなかったという点も思い起こしてみる必要がある。

3 (ウォルシュFRB理事)

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ケビン・ウォルシュFRB理事とケビン・ウォルシュFRB理事とバーナンキ議長が使っていた部屋で。机は、グリーンスパン前議長が使っていたもの。

(1) 金融緩和を止め始めた1~年前と比べると、今後の経済やインフレーションの動きについて予測することがより困難になった。
    
 第一に、石油価格の高騰については、それが経済にどれだけの影響を与えるかよく分からないが、自分は消費は市場が考えているよりもずっと強固ではないかと思う。

 第二に、住宅市場の成長は鈍化すると思われるが、それが消費にどれだけの影響を与えるのかはよく分からない。ただし、住宅危機が起こるとは考えていない。
  
 第三に、回復が遅れている民間投資がどうなるかという問題があるが、自分は今後増えてくるのではないかと見ている。企業は潤沢にキャッシュを蓄積している。

 第四に、石油価格の高騰がインフレ率に影響し、エネルギー以外の一般物価の上昇にも波及していく可能性もある。

 これらを総合的に勘案する必要があるが、いずれも予測は容易ではなく、今後の様々なデーターを元に判断していく必要がある。住宅価格のスローダウンに加え、1バレル75ドルもの原油価格が続き、消費が停滞するかもしれないが、私はどちらかというと楽観的である。

(2) 半年前と比べて日本の経済の好調さに注目している。中国と日本の経済成長が米国経済に与える影響は大きい。これら二つの国で消費や民間投資が増えれば、米国のCEOのコンフィデンスにもプラスの影響を与え、彼らの「アニマル・スピリット」を掻き立てるであろう。

(3)  住宅市場の成長が鈍化しても、以下の理由から経済がクラッシュすることはないと思う。

① イールドカーブの形状を見たときに、長期の固定金利と変動金利の差が0.4~0.5%程度しかない。このため、変動金利で元金返済先送り等の非伝統的な借り入れをしている者も、長期金利が上昇する前に、毎月の支払額が大きく変わることなく固定金利に容易に変更することが出来る状況にある。

② 80年代と比べれば、資本市場に於いてリスクが分散されている。銀行のバランスシートを見れば、住宅債権の証券化が進み、銀行が負っている貸し出しリスクが低くなっていることが分かる。

③ 住宅資産の多くはセカンドハウスではなく主たる住居であり、価格下落が起こっても、その影響はある程度認識はされるものの、IT株式等のポートフォリオ・アセットの価値が下落する場合とは意味合いが異なると思う。

(4) 住宅市場の変動が消費に与える影響については必ずしも明確でない。経済学は未だ完全な科学ではないが、一般的にミドルクラス以上は、住宅市場変動に伴う資産効果の影響が大きいと考える。

 FRBも議会も、人口の高齢化に伴う財政への影響を懸念しており、財政赤字や経常収支赤字対策に取り組む必要性を感じている。議会が早く改革に取り組むほどよいのだが、実際には危機が迫らないと行動しない。ただ、中央銀行として対処する術は限られている。

(5) 日本の個人投資家の米国債購入が米国に於けるイールドカーブに与える影響はあると思う。日銀の金利引上げにより日本の利子率の状況が変化すれば、日本の個人投資家の資金は、米国債から日本国内の投資に向かう可能性もある。

(6) 為替レートは様々な要素から決まることから、将来の為替レートを予測することは非常に難しい。単純な考え方だが、短期的には各国の利子率の違いが為替の動向に影響を与える。より洗練された考え方として、経済の教科書によると、長期的・構造的には米国の経常収支赤字は、人民元等の上昇、ドルの下落をもたらし、調整が行われるということになる。しかし、その調整には20年ないし30年を要する可能性もあるのであり、自分はやや懐疑的である。

(7) 米国と日本の経済は、他の貿易相手国以上に結びつきが強い。このため、日本の成長や日銀による利子率の引上げは、米国と並行して生じている。グリーンスパン議長が述べていたように、経常収支の赤字についてはおそらく急激なクライシスをもたらすのではなく、時間をかけて徐々に調整されるものと思う。米国経済の成長が、外国からの資金を引き付けている。また、投資家も、ドル建ての資産を蓄積しており、急激な為替レートの調整は望んでいない。

(8) インフレーション・ターゲットについては、まだFRBの中で今後の方向性についてコンセンサスが出来ていない。インフレーション・ターゲットと言っても、人により定義が異なり、統一的な理解はない。FRB自身は肯定も否定もしていないが、米国の市場関係者の間ではPCE(生鮮食品・エネルギーを除いたコアCPI)のターゲットは2%程度ではないかと考えられており、現状はデ・ファクト・インフレーション・ターゲットであるという見方も出来る。日本では量的緩和の終結に際し、物価安定の理解が0~2%(CPIで)とされたが、これよりも米国の方がより明確であるともいえる。

4  帰国後の5月10日のFOMCでは、予想通り0.25%の金利引上げが行われ、FFレートは5.0%となった。
  
 その後の経済指標は、強弱入り乱れてなかなか判断が難しい。4月の住宅着工は前月比7.45の減となった。一方、鉱工業生産指数は、前月比0.8%上昇した。17日発表のCPIは前月比0.6%上昇した。原油価格の上昇を反映したものと考えられるが、前年同月比では3.5%の上昇である。インフレ警戒が必要ということになる。この内、エネルギーと食品を除くコア指数(PCE)は前月比0.3%増、前年同月比2.3%の上昇で、FRBが安定圏と見ている1~2%の上限を超えた。

 次回のFOMCでは、一回休憩かと思われたが、インフレのおそれということからすれば、金利は引き続き上げざるを得ない感じである。しかし、そうすると住宅市場はいよいよ落ち込みが激しくなるかもしれないというジレンマに陥るのである。バーナンキ議長の悩みがよく分かる気がする。

 米国経済のこうした状況を踏まえて、日本はどうするのか。政府も日銀も、「日本経済は着実に拡大している」と甚だ楽観的だが、果たしてそれで大丈夫なのだろうか。今回の訪米を踏まえ、より警戒すべき段階に入ってきたのではないかというのが、私の実感である。