第13話:武者修行時代 ~アメリカ人に「乾杯」を強要~

 

幸ちゃん物語 第12話 (大蔵省時代編)

武者修行時代

~強引にせまったパートナー探し~

大蔵省では、入省三年目に、経済理論研修というユニークな研修制度がある。
丸一年間、実務から離れ経済理論の勉強だけをするのである。
この研修の狙いは、主に、法学部出身の人達に、経済理論を教え込むことにあるようだ。しかし、そのレベルは大学院並みということで、経済学部でも、十分に楽しめるのである。まるで、学生に戻ったような気分で、時間的余裕が出来る。唯一のデメリットは、超過勤務手当てがつかなくなるので、所得水準がガクッと落ちることである。

 この研修と並行して人事院が行う行政官海外研修制度。
つまり、役人の海外留学の制度がある。試験に受かれば、経済理論研修に代えて、二年間海外留学が出来る。

 大蔵省からは、毎年アメリカに二~三名、イギリスに一~ニ名、フランス、西ドイツに各一名ほど留学する。最近は、この海外留学の希望者が多く、選考も厳しくなっていると聞く。

 私は一もニ藻なくこちらに応募し無事合格。
そこで、アメリカのコーネル大学の経営大学院(ビジネス・スクール)に、留学が決まったのである。私の胸は高鳴った。

 アメリカ滞在は、学生時代に続き二回目である。そこで私は、交友範囲を広げることも大事だが、アメリカ人の生活と施行の内部にまで、入り込んでみようと思った。
ところがそのためには、独身では駄目なのだ。
アメリカ社会は、すべてカップルを単位として成り立っている。
週末のパーティーに呼ばれたり、あるいは呼び返したりするのでなければ、本当のアメリカ人の思考と行動は理解できない。このことは、大学二年生のときの経験でよくわかっていた。

 そこで、パートナーを急いで探さなければならない。
これまで、いいなと思った女性には、ことごとく振られて当てがまったくない。
どうしようかと悩んだあげく秘書課に出かけ、自分は留学が決まり何とか結婚がしたいので、相手を探して欲しいと頼み込んだ。これには秘書課の男もあきれ顔である。しかし、私は強引に出て、もし見つけてくれなければ、青い眼の奥さんを連れて帰ることになるかもしれないと、脅かしておいた。

 なんていう奴だと思ったろうが、アメリカに行く前に何とかパートナーを決めたいと必死だった。その反面、内心はおおいに照れていた。強気の態度は照れ隠しでもあったのだ。
 この脅かしが効いたのか、それとも偶然なのか、まもなく吉国次官を通じて、村山達雄(元主税局長)先輩の娘と会ってみないかという話しがきた。
間に入った秘書課の補佐は、
「相手は、年上だし先輩の娘だから、会うと断りにくいかもしれないぞ」
と、慎重だった。
村山達雄といえば、大蔵省では神様のような人。失礼があってはと心配したのだろう。
ところが私は、
「会うくらい、いいでしょう」
と、いとも気軽なものだった。

 後日、秘書課長と補佐に同行してもらって、昼食を兼ねた見合いの席に出かけた。
よくみるとそこには、当の女性の姿が見えず、両親だけなのである。
しかも当の父親は、酒を飲んでいる。同席するといっても秘書課長と補佐は、午後もいろいろな重要な仕事があり、酒を飲めない。

 そこで、もっぱら私が、相手をして飲むことになった。
父親の村山達雄先輩は、現役時代から酒豪で鳴らした人である。ピッチが早い。こちらもそれに合わせて飲んでいたら、とてもよい気分になってきた。そのうち、すっかり意気投合してしまい、しばらくたって見合いの当人が現れたときには、もうこちらは相当できあがっていたのである。こうしたおかしな見合いによって知り合い結婚したのが、家内、寛子である。

 こう書くと、なんとも打算的な結論と思われるが、そうではない。私なりに彼女に魅力を感じ、生涯の伴侶として間違いないと思ったからだ。彼女の魅力は、私にはない繊細な感覚の持ち主であることだ。デートをしても、落ち葉をみて感動する。私にはそんな彼女がすごく新鮮だった。二人の趣味が、これまた違う。私はイギリス紳士風の服装が好きなのだが、家内は最近はやりのダブダブの服装をするといった具合である。この辺が面白い。