第1話:なぜ政治家を志すのか ~「職業としての政治」~

 

幸ちゃん物語 第1話

なぜ政治家を志すのか

~ 「職業としての政治」 ~

 昭和六二年七月末、私は宮澤大蔵大臣の秘書官を最後に、十六年間勤めた大蔵省を退官した。政治家として、郷土のため国のためにつくすことがこれからの私の使命ではないか、こんな思いがふつふつと湧き上がり、いても立ってもいられなくなったのである。
 しかし、直情径行というのではない。この思いが私の心に生まれたのは、二年半ほど前のことで、熟慮の末の断行なのだ。
 その契機となったのは、六〇年一月三一日の郷土の大政治家田中六助先生の逝去であった。
 私はかねてから田中先生を尊敬していた。先生の決断力と行動力は、これまでの政治化の中でも第一級だ。しかも今、政治家を志す私は、マックス・ウェーバーの「職業としての政治」をわがバイブルとしているが、田中先生も知る人ぞ知るウェーバーの研究者である。同じ郷土に生まれ育った私としては、ひそかに私こそ政治家、田中六助先生の、真の意味での後継者なのだと自負している次第である。
 実際、先生が亡くなられたとき、「直ぐに立候補したらどうか」と熱心に勧めてくれた人もいた。私自身、少なからず心を動かされた。しかしそのときは、「よし」という決断がつかず見送ったのである。
 というのは、田中先生が亡くなり。後継候補として身内の方が立候補されるという話しがあったのと、私自身、家内が椎間板ヘルニアの大手術をしたばかりで、選挙を戦うだけの準備、余裕がなかったからである。
 しかし、この出来事を経て、私は政治家への道を考えるようになった。その後、私は以前にも増して、地元の状況を勉強するようになり、「政治家とは何か」ということをじっくり考えることが多くなった。幸いなことに家内の健康も、無理はできないが日常生活には支障がない程度に回復してきた。
 改めて田中六助先生の遺書「保守本流の直言」を読み返してみたが、そのつど私は強い刺激を受け、政治家こそわが道という思いがますます強まっていった。私は直接、田中先生の薫陶を受けたことはない。それなのに先生の著書を読んでいると、同じ師と仰ぐマックス・ウェーバーを通じて、深い信頼関係のようなものが生まれてくるのだから不思議である。マックス・ウェーバーはこう言っている。
「政治は権力に影響を与え、権力に参画する行為である」と。
 田中六助先生の政治活動は、まさにこの言葉の実践だったといってよい。
 また、マックス・ウェーバーは、政治家の倫理観とは結果において責任をとる責任倫理であり、一般人の道徳の心情的倫理とは異なっているとも言っている。今、政治家に求められているのが、この責任倫理なのではないか。「保守本流の直言」を読み、「職業としての政治」を読み進めるうちに、私自身の政治家転身の決意はいよいよ固いものになったのだ。