政策レポート

債権放棄こそ、景気回復のカギだ!(2001.1.26) ―バブルとは何だったのか―(帝国データバンクにて講演)

平成13年1月26日(金曜日)

 

債権放棄こそ、景気回復のカギだ!

―バブルとは何だったのか―

 

●7年前に“債権放棄”を主張

 衆議院議員の山本幸三でございます。本日は「特定調停法」についてお話させていただきますが、金融機関の融資、審査の担当の方の中には、私の作りました法律に恨みを感じている方もいるかと存じますが、私の考えていた背景や最近の経済の状況等をお話させていただきたいと思います。

 私は衆議院議員になって3期目で、最初に当選してからもう7年になります。7年前に当選してすぐに、私が主張したことが2つありました。一つは、「金融機関は一斉に債権放棄すべきだ」ということと、もう一つは、「日銀は金利をゼロにしろ」というものでした。2つとも、その当時は「何を言ってるんだ」と言われまして、「“債権放棄”なんてとんでもない、モラルハザードの最たるものだ」と批判を受けました。ゼロ金利については、当時の金利は2.5%くらいだったと記憶していますが、やはりとんでもないと言われました。つまりこの2つの主張は、まともな議論にもならない扱いを受けました。しかし、いずれもそれから5、6年経ってみれば、世間の常識になってしまいまして、最近は債権放棄一色の世の中になってきています。また、ゼロ金利については、とうとう日銀は2年前にゼロ金利に“追い込まれる”という形で実施しました。しかし、日銀はあまりに悔しかったのか、この8月にゼロ金利を解除したわけですが、私は「またバカなことをすると、必ず過ちということになるよ」と、予算委員会でも日銀総裁に詰め寄って、緊急提言まで出して反対したのですが、日銀は(ゼロ金利解除を)強行しました。しかしそれは今や、完全な失敗であったことが明らかになりつつあると思っています。

●バブル処理の不手際

 話は最初に戻りますが、なぜ、債権放棄なのかということですが、要するにバブルが発生して、そのバブルが崩壊したことで、不良債権が溜まってしまった。この処理をどうするか次第で、日本経済が回復できるかどうかがかかっているわけです。過去の日本の景気回復を振り返ってみますと、そういう状況は多かれ少なかれ起こったわけですが、今回ほど激しい形では起こっていません。これまでは、いろいろな外的条件、あるいは景気対策で通常3,4年で景気が元に戻りまして、そして不良債権問題は自然に解決できました。しかし、今回の景気回復と過去のものが決定的に違っているのは、今回はその回復が、とても3,4年で元に戻るというものではないということです。この認識を世の中の人がなかなか持ち得ないがために、その処理策についての抜本的な対策が取れなかった。これがずっと尾を引いていて、90年代は“失われた10年”と言われているわけです。

 なぜ、そうなってしまったのか考えてみますと、元をたどると、“バブル”というものがそもそも何であったのかが解っていない。みんなバブル、バブルと言っていますが、では「バブルとは何か?」と問われて正確に答えられる人はほとんどいないでしょう。バブルについての印象論はよく語られていますが、理論的に説明した話は聞いたことがありません。

 “バブル”とは理論的に言えば、「経済のファンダメンタルズで説明できない異常な資産価格の上昇」と定義されます。だから、この定義が理論的に解っていれば、その対処策は何かと言ったら、「何もしてはいけない」ということなんです。すなわち基本的な財政政策や金融政策で影響されるファンダメンタルズ(※)で説明できない、異常な事態なのですから、変な手を打ってはいけないのです。まともな通常の金融引締め政策、財政緊縮政策ということをやっていれば、どこかの段階でバブルが破裂してしまうから、自然にまかせて軟着陸させればよかったのです。

※ファンダメンタルズ・・・利潤証券あるいは支配証券としての株式の投資価値に関する分析の総称

 ところが、当時寄ってたかって、「バブルが大変だ大変だ」と言って、考えられる手を全部打ってしまいました。日銀は金融の蛇口を閉め、財政は引き締めて銀行に対する総量規制をやり、それから地価税を作り、地価監視制度を持ち込んだりしたのです。結局、バブルというガン細胞の摘出手術をして成功したのはいいのだけれど、日本経済という肝心の体全体が死んでしまったというのが今日の状況なのです。

 体を一回死なせてしまったわけですから、なかなか回復できない。ところが、「これは4、5年で回復できる」と思っているのが、おめでたい銀行の皆さんで、「数年で回復できるんだから、引き当てしておけば、それで将来二重に取れるんじゃないか」と甘い考えをずっと持っていたわけです。これがすべての失敗の元でありました。

●欧米では一般的な“貸し手責任”

 私は大蔵省にいた時から、もっぱら金融を専門として、留学中もこの勉強ばかりをしてきましたが、欧米での(不良債権の)処理の仕方を見ると、きわめて合理的に単純明快というか、債権放棄ということをさっさとやってしまうのです。

 元々アメリカなどの考え方は、一つは「人間というのは失敗する」という前提で物事を考えているわけです。したがって、失敗してもリセット、すなわちまたゼロから再スタートさせ、リカバリーのチャンスを与えるということが基本であります。そしてもう一つが、“貸し手責任”という考え方です。バブルの時に借金した人に聞けばわかりますが、だいたいが金融機関が勧めるから土地を買わされたわけで、ところがバブルが崩壊したとたんに銀行の担当者がいなくなって、貸した金だけは返せというようになってしまっている。これでは債務者がたまったものではありません。

 そこは、貸した金融機関だって当然責任はあるでしょうということです。ところが、銀行の取引約款にあるように、「銀行の責任がゼロ、借り手が100%責任」というのが、日本の金融慣行なのです。これを“貸し手責任”ということで、せめてフィフティ、フィフティにやろうじゃないかというのが、債権放棄の元々の考え方です。

 アメリカは、ローンの仕方自体が違います。“ノンリコースローン”といって、あるプロジェクトがあると、そのプロジェクトに対してだけ融資する。したがって、銀行はそのプロジェクトがうまくいくかどうかを審査します。もし、そのプロジェクトが失敗すれば、プロジェクトにかかっている担保を処分すれば、どんなに借金が残っていてもチャラになる。これがアメリカ式の貸し手責任を含めた融資のやり方です。

 ところが日本では、銀行がそのプロジェクトに対して審査して融資する訓練を受けていないので、そのプロジェクトがうまくいくかどうかを考えて審査する能力を持っている人間はいません。

 何をやるかというと、プロジェクトの可能性なんか関係なしに、担保を出来るだけとって、社長の保証もとる。そして、もしプロジェクトが失敗したら、他のところからでも全部回収するんだというものです。そんなものは本当の審査なんかではなくて、ロボットでも同じ様なことが出来ます。そこが日本の金融界の人間の甘さであり、そういう人材を育ててこなかったということでもあります。だから、銀行の都合のいいような約款になって、「借りた金は全部払え」という哲学になるのです。

 元に戻りますが、過去に不良債権問題を解決した欧米のやり方を見ると、結局貸し手責任もあるのだから、フィフティ、フィフティに話をつけようじゃないか。原則は貸した金については、担保を処分しさえすればそれで終わりにして、残りの債権については放棄する。企業側も担保を処分して双方が歩み寄って、もう少し返済余力があれば、それについては話し合いましょうというのが、欧米の考えなのです。

―特定調停法成立までの道のり―

●法人税基本通達の改正

 日本でも、欧米のような債権放棄をやろうとしましたところ、元々日本の法人税法の中でも債権放棄という考え方はありました。しかし、これがなかなか簡単にはいかなかったのです。なぜかというと、銀行側の言い訳は2つありました。一つは、「安易に債権放棄をすると、株主代表訴訟で訴えられる恐れがある。」もう一つは、「勝手に債権放棄しても、それを税務当局が無税償却を認めてくれるかどうかわからない。債権放棄したうえで税金もとられるわけにはいかない。」というもので、基本的にこの2つがネックでありました。

 そこで、この2つを何とかクリアする方法はないかと考えました。現実に債権放棄という手だてが法人税法の中にあり、税制上の取り扱いについては、法人税基本通達「9-4-1」と「9-4-2」(※)というのがありまして、既に債権放棄が可能である状況があるのですが、この基本通達を改正してもらいました。つまり、もっと解りやすく債権放棄があり得るということを明記し、その際に無税償却を認める時の経済合理性について、「利害の対立する者同士が決めて、債権放棄になったものについては、経済合理性があるというように基本的に考える」と注書きを付けてもらいました。

 こうして、3年前に私が国税庁と交渉して基本通達の改正にこぎつけ、これが非常に使いやすくなりました。今日、ゼネコンなど多くの企業が続々と債権放棄を要請するようになったのは、この通達の改正によるところが大きいのです。

 しかし、それだけでは足りない。アメリカでは倒産法制が非常に使いやすくなってまして、日本で今年施行された民事再生法の手本になった「チャプター11」があります。つまり、会社が危機的な状況になる前に裁判所に申請して再建計画を立てて、よほど悪質なことでもない限りは、債権の相当額はカットされて再建するというものです。これはアメリカでは非常に活用されていまして、不良債権問題をアメリカが迅速に解決した最大の手だてだったと言われています。

 日本でも、ようやく今年4月から民事再生法がスタートしたわけですが、日本の場合には倒産するとすべての社会的信用を失うため、倒産することに対する抵抗がものすごく大きい。これは、アメリカなどと大きく違う点です。

●廃案になった不動産権利等調整法案

 そこで、倒産させないで何とかしようじゃないかということで、私の法案(特定調停法)が出てきたわけです。元をただせば、自民党内で「債権放棄をやらなくてはいけない」と議論していたら、当時の加藤(紘一)幹事長から「それは面白い、やってくれ」という話になりました。そして金融全体の話の一環として、それを考えるべきだということになって、保岡興治さんのもとで「金融再生トータルプラン」の作成が始まりました。

 そのプラン作りの中で、資本注入や金融再生法などいくつもの話があったのですが、その一つに“倒産させないで債権放棄する”というものと、“倒産法制の整備”すなわち今日の民事再生法などが話し合われました。

 法務省は倒産法制の整備で手一杯という状態でしたので、債権放棄については我々議員がやろうじゃないかということで(議員立法で)作り上げました。そして、98年初めに作業を始めて、まず出来たのが、「不動産権利等調整法」という法律案でして、98年秋の金融国会で議論されたのであります。「不動産権利等調整法」は、法人で不動産担保で融資を受けているものについて、行政委員会に持ち込めば金融機関との間で話をつけて、原則的にその担保を処分すれば債権放棄が受けられるというもので、金融機関側も債権放棄した分については自動的に無税償却という内容まで含めていました。しかし、他の金融再生トータルプラン関連の法案は修正されつつも全部成立したのですが、唯一この「不動産権利等調整法」だけは廃案になりました。

●全会一致で特定調停法が成立

 金融国会で廃案になった時に、受けた批判が3つありました。一つは、法人だけを対象にして個人を対象にしていないということ。2番目は、行政委員会で恣意的にやるというのは問題があるという指摘。そして3番目は、法案の中に自動的に無税償却という文言が入っていたのですが、これはゼネコン徳政令じゃないかというような批判を受けました。

 こうした批判から、この法案は潰れたのですが、潰れた後に私は「こんなことで不良債権の処理が進まなければ、日本経済はいつまで経っても回復しない。何とかやらなくてはいけない。」と思い、それでは3つの批判を全部取り入れて作り直してみようとして出来たのが、この「特定調停法」なのです。

 つまり、対象を法人だけではなく個人も入れました。また行政委員会ではなく司法の民事調停の制度を使おう。そして、自動的に無税償却という文言は止め、その代わりに事実上国税庁と話をつけて、結果的には同じ(自動的に無税償却)ような形にしようと整理して作り直しました。

 その後の通常国会に出そうとずっと根回しをして準備をしてたのですが、ほとんど一人でやったものですから、大変な苦労をしました。結局、通常国会では間に合わず、いろいろと議論はあったのを説得し終えて、何とか昨年秋の臨時国会に出しました。そして、いざ(国会に)法案を出してみれば、共産党まで含めて全会一致であっという間に「特定調停法」は可決成立したのです。

●銀行の不良債権処理は幻想

 様々な曲折はあったのですが、「特定調停法」の元々の考え方は、不良債権処理を早くやろうというものです。日本の場合は銀行経営者が皆誤解しているのですが、「担保を取って融資していてるから大丈夫だ」という感覚があります。おろらく銀行経営者の99%がそう思っているのでしょう。ところが、銀行経営上、担保を取っていて不良債権になっているものが、一番始末が悪い融資なのです。日本の銀行経営者は「いや、担保を取っているから大丈夫」とみんな平気な顔をしていますが、違うのです。担保を取っているがために、引当てできず分類もされないのです。つまり、手の打ちようがないのです。

 他方、(不良債権の)保有コストについては、今は金利が低いからいいけれども、低いと言えどもコストはかかっています。生む収益はゼロで、しかも引当金の対応ができないで、そして保有コストがかかっている。これが銀行経営にとって一番悪いということを日本の銀行経営者はほとんど理解していない。もし金利が上がったら、あっという間にコスト的にダメになってしまいます。

 そして、引当金とは何なのかという理解ができていない。引当金というのは、早く償却することに意味があるのに、日本の銀行の場合は、引当金を積んでいれば不良債権処理は終わったと言っているのですが、これも間違いです。これは、日本の金融関係者と税務当局が、長い間「これが不良債権処理だ」と錯覚に陥って作り上げてきた慣行なのです。アメリカでは間接償却の無税償却はあり得ず、引当金はすべて有税です。したがって、いかに早くその引当金をなくして、資産と負債をいっしょに落として、いかにそれを無税化するかというインセンティブが働きます。

 ところが、日本の場合は、税務当局の慣行上、間接償却でも無税償却を認めてしまったものですから、銀行経営者にとっては(早く処理しようとする)インセンティブが働かないのです。無税だからいいやと、そのままバランスシートに引当金を積んだまま残し、それで不良債権処理が終わったとしている。しかし、先に言ったように、保有コストがかかっているわけですから、長く置いているほど銀行経営上はダメになります。では、何がよいかというと、そういうものを早く処理することが一番いいのです。


【参考】法人税基本通達(国税庁)から

9-4-1(子会社等を整理する場合の損失負担等)
 法人がその子会社等の解散、経営権の譲渡等に伴い当該子会社等のために債務の引受けその他の損失負担又は債権放棄等(損失負担等)をした場合において、その損失負担等をしなければ今後より大きな損失を蒙ることになることが社会通念上明らかであると認められるためやむを得ずその損失負担等をするに至った等そのことについて相当な理由があると認められるときは、その損失負担等により供与する経済的利益の額は、寄附金の額に該当しないものとする。

<注>子会社等には、当該法人と資本関係を有する者のほか、取引関係、人的関係、資金関係等において事業関連性を有する者が含まれる。

9-4-2(子会社等を再建する場合の無利息貸付け等)
 法人がその子会社等に対して金銭の無償若しくは通常の利率よりも低い利率での貸付け又は債権放棄等(無利息貸付け等)をした場合において、その無利息貸付け等が例えば業績不振の子会社等の倒産を防止するためにやむを得ず行われるもので合理的な再建計画に基づくものである等その無利息貸付け等をしたことについて相当な理由があると認められるときは、その無利息貸付け等により供与する経済的利益の額は、寄附金の額に該当しないものとする。

<注>合理的な再建計画かどうかについては、支援額の合理性、支援者による再建管理の有無、支援者の範囲の相当性及び支援割合の合理性等について、個々の事例に応じ、総合的に判断するのであるが、例えば、利害の対立する複数の支援者の合意により策定されたものと認められる再建計画は、原則として、合理的なものと取り扱う。

―不良債権問題の解決のために何が必要か―

●不良債権処理を早く決断することが大事

 私が債権放棄しろと言っているのは、何も(企業を)全部を救えと言っているわけではない。救うものとそうでないものを早く決断することが大事なんだということです。救えなくてダメなものは早く潰してしまった方がいい。しかし、生き残る価値のあるものは、生き残れるように早く処理してやった方がいい。その時に銀行側も、早く引当金を落として処理した方がいい。債権放棄することによって、債権を落として引当金も落とします。引当金が足らなければ、その時の収益から繰り入れなければいけませんから、その期の自己資本比率は減りますが、次の期になるとあっという間に自己資本比率は上がります。苦しいのは債権放棄して処理するその期だけであって、次の期からは一気に銀行経営が健全化します。苦しい時に足らなくなる自己資本について、政府が資本注入してやるということは非常に意味があるのです。

 しかし、言ってきたように銀行は、引当てしていれば大丈夫だとずっと積んだままにして、また担保さえ取っていれば大丈夫だとも思っていて、そういう“幻想”のような世界でずっと銀行経営をやっている。しかも、景気が元に戻れば、引当てしてあるものは返ってきて二重に取れると言いますが、もうこれから10年経ったとして、地価が元に戻ることはほとんど考えられないことです。

 そうだとしたら、そうした時間の中で失っていく利益の方がよほど大きいわけです。その間に企業の方も体力を消耗して、いずれ潰れていってしまいます。債権放棄というのを、とんでもないことと思っている方も多いでしょうが、もし融資先が倒産すれば結果的に(債権放棄と)同じ事をやるわけです。

 つまり、早晩債権放棄に追い込まれるのであれば、早くそれをやって経済全体が良くなって、銀行の経営も早く健全化する方がいいのではないかというのが、私の言いたいことなのです。

 そして、債権放棄を認めてどういう企業を救うかというメルクマール(※)は、中期的にその企業が本業で収益を生み可能性がある場合には生かした方がいい。そういう可能性のある企業なのに過去の借金の重みが大きく、金利支払いを考えると、せっかくうまくいっている本業の利益でとても足りず、債務超過に陥るというような企業については、過去の債務については消してやった方がいい。しかし、本業もダメというものについては、これはもう早くバサッと整理した方がいい。そういうメルクマール(※)で、とにかく結論を早く出してくださいということであります。これが「特定調停法」の元々の哲学であります。

(※)メルクマール・・・判断基準

●特定調停手続きの実際

 次に、実際の特定調停の手続きについてですが、債務者は調停をまず簡易裁判所に申請します。いろいろな書類を用意しなければいけませんが、通常の民事調停に比べても手続きは非常にやりやすくしています。それから、調停に関しても裁判所の権限を強化しておりまして、調停中に競売にかけられたり、民事執行をされるような時は、場合によっては裁判所はそれを止めることができます。あるいは、債権者債務者ともに、その債務の状況等を示さなくてはならず、また関係文書提出命令や職権による調査もできるようにしています。これは、これまでの一般の民事調停ではできなかったことでもあります。

 施行後、特定調停法の申請件数は急増していますが、これは消費者金融などによる多重債務者の案件がその大半になっています。これら多重債務者は、これまでは従来の民事調停でなんとかやってきました。約24万件といわれる民事調停の75%から80%が多重債務者関係でしたが、今ではそのほとんどが、特定調停の方にきています。

 多重債務者の多くは取り立てに苦しんで、相当の金利を払っているのに、いつどれだけの金利を払ったかなどは、記録として残してなくてわからないことが普通です。特定調停法では、消費者金融業者へ返済実績の資料を出させたり、場合によっては職権調査することもできるので、その結果を計算してみると、利息制限法以上に払ってしまっていることが判ることも多いのです。すると、そこで打ち切って、それ以上払う必要はないということになり、解決が容易になります。そんな理由から、多重債務者がどんどんこれを利用してきておりまして、個人の債務者は特定調停法で非常に助かっています。

●注目された井上工業の特定調停

 また、事業者の方の特定調停法の利用も増えておりまして、とくに中小零細の建設・不動産業者に、多くなっているようです(別表参照)。2月17日に施行されたのち、ご承知のように3月には上場ゼネコンの井上工業(群馬)が、特定調停法を申請しました。私どもとしては、特定調停法がうまく機能するかどうかと注目していたわけですが、8月3日に特定調停が成立しまして、井上工業の場合約150億円の債権放棄を受けて再建することが決まりました。

 関係者の話では、とにかく裁判所も弁護士も相手の金融機関も「特定調停法っていったい何だ?」ということだったそうですが、裁判所もこれが最初のケースだということで、真剣に取り組んでいただきまして、国税庁も大いに協力していただけました。

 一方、債権者の立場では裁判所を通じてやるので、「これは大変だ」といった感じを持たれると思いますし、調停委員会から言われることにプレッシャーも感じると思いますが、最終的には調停ですから、関係者が全員合意しないとうまくいきません。絶対にダメだという債権者がいれば、調停は成立しません。成立しないと、民事再生になるか、破産手続きにいくかというようなことになるわけです。

 井上工業の場合は合意はある程度成立したのですが、最終的には調停に代わる裁判所の決定になりました。個々の債権者が調停するのを待たず、裁判所から「こうやりなさい」という決定が出され、2週間以内に異議がなければこれが成立するという仕組みになっておりまして、これを使ったように聞いています。

 最初に申し上げましたように、この特定調停法を使えば、裁判所が関与するので銀行が懸念している株主代表訴訟の心配はまったくありません。それから、無税償却については、最初から100%無税とは言えませんが、国税庁でも特定調停の性格を理解して、「法人税基本通達9-4-2」でいうところの「経済合理性のあるもの」と、基本的に同じだということは認めてくれております。

●不可欠なメーンバンクの協力

 特定調停法を申請する企業の感覚は、倒産は何とか避けたい。とくに井上工業のように、地方の老舗の有力企業というのは、その影響を考えると、地元の銀行も倒産させるのはなるべく避けたいというのが本音のようです。

 この時の経験で申し上げますと、基本的にはメーン銀行の協力がないと、特定調停で事業を継続してうまくいくのは難しいということです。民事再生法を審議した時も議論になりましたが、申請した時に新たに行った融資については「先取り特権」として認めることになっています。ここは重要なポイントで、銀行での融資では、ここが一番儲かるところでもあります。

 つまり、民事再生法を申請した企業に融資した場合、その後に事業継続がうまくいかないなど、万一の事態の時には、その融資は最優先で返済を受けられるわけですから、ほとんどリスクはありません。しかも、融資条件は通常の金利よりも高く取れるはずです。

 アメリカではこうした融資、つまり「チャプター11」を申請した企業への貸付けで利益をあげた企業がありまして、その代表例がGEキャピタルとバンカーズ・トラストです。だいたい、人が困っている時というのは、一番儲けのタネもあるものだとも思うのですが、そのためには、民事再生法や特定調停法を、少し勉強されてると、リスクが小さく儲けが大きい融資のチャンスがあることを知っておいていただきたいと思います。

●金融緩和を阻む“日銀理論”

 不良債権問題を解決して、あとはお金が回るようにするのが一番いいと思っているのですが、残念ながら日本の場合には、日本銀行が世界で通用するオーソドックスな金融理論とはまったく異質の「日銀理論」という独特の理論に毒されています。それは、常に名目の金利だけを見ていれば物事は済むという、考え方なのですが、実質金利という概念はなく、世界の笑いものになっているのに、(日銀は)意固地になってやっています。その結果、日本経済はどんどん落ち込んでいます。

 今、私は一番やるべきことは、金融の量を増やすことだと思います。お金の量を増やせば株が上がり、同時に為替が円安になります。この2つで経済を引き上げるべきなのに、金融当局はまったく反対のことをしています。金融が引き締められているので、財政で拡張しなければいけないといって、補正予算編成に追い込まれるなど、本末転倒の馬鹿げたことになっています。

 変動相場制のもとでは、財政で拡張しても景気は良くならないので、逆のことをやらなければいけません。財政で拡張すると必ず国債を発行しなければいけなくなるだろうし、それだけでも金利上昇のプレッシャーがはたらく。その結果、為替レートは円高になって、せっかく拡張したものが相殺されて何の効果もないというのが、変動相場制での意味なのです。つまり為替レート変わるということを理解していないのです。

 逆に金融を緩和すれば、金利水準は下がる方向でプレッシャーがはたらいて、為替レートも円安になって、二重に効くというのが、変動相場制でのまともな経済政策で、アメリカはそれを実行したのですが、日本は過去8年間それと反対のことをやって、まったく景気が良くならないうえに、借金ばかりが膨らんでしまったのです。

 去年の後半からY2K問題(西暦2000年問題)があって、日銀はこの時にものすごくお金の量を増やしたことがありました。その結果、何が起きたかというと、あっと言う間に株が上がり、平均株価は一時2万円を超えました。そして、為替レートも円安になって輸出も増えた。これをそのまま続けていればいいのに、ちょっと目先が良くなると「もうデフレ懸念は払拭された、異常なゼロ金利は早く解除すべきだ」と言ってやめてしまった。日銀は「景気はいいんだ」と、大本営発表ばかりやっていますが、実際の景気は少しも良くなっていない。誠に遺憾に思っています。

 日本の経済政策は、金融政策と財政政策が逆転しているのを心配しているのですが、その結果株も下がってきています。政治がしっかりと理論的に経済政策をチェックできればいいのですが、残念ながらそれが政界でも機能していません。ご存じの通りに、政局も揺れ動いております。こんな政界の状態が経済にいいわけがないので、大変残念な状況であります。

 そんな中で、不良債権処理については、早くやれば早くやるほどいいわけですから、是非金融関係の皆さんは、欧米のやり方というのは、こういうオーソドックスなやり方であるということを、ご理解を賜ればと思っています。

 

【参考】特定調停事件の新受件数(全国)
2月17日~8月31日の累計(数字は概数)
新受件数=119,409件  うち事業者5,918件