政策レポート

新高齢者医療制度について(2004.2.28)

新高齢者医療制度に関するシンポジウム  採録

  1973年、「老人医療費無料化」を皮切りに、わが国の高齢者に対する医療制度の取り組みが本格的に始まった。以来30年、高齢者人口は年々増加を続け、2001年には65歳以上が全人口の18%を占めている(厚生労働統計一覧)。それに伴い、社会保障制度も見直しを迫られ、老人保健法の施行(1983年)や介護保険の導入(2000年)などさまざまな取り組みがなされてきた。高齢者医療への関心が高まる中、日本医師会は1998年、「2015年医療のグランドデザイン」の中で75歳以上を対象にした「新しい高齢者医療の創設」を提案。昨年3月の閣議決定後、創設に向けて議論が進められている。そういう状況の中、さる2月28日(土)、「新高齢者医療制度に関するシンポジウム」(主催:福岡県医師会)が開催され、青柳俊日本医師会副会長をコメンテーターに、中村秀一厚生労働省老健局長、山本幸三元衆議院議員、西島英利日本医師会常任理事、稲垣忠元朝日新聞西部本社論説・編集委員がシンポジストとして参加。それぞれの立場から高齢者医療に対する考えや課題が述べられた。


基調講演 「高齢者医療制度の前提」 日本医師会副会長 青柳 俊氏

  本日は「高齢者医療制度の前提」とうことで、特に次の2点についてお話し申し上げたいと思います。まず、1点目は、高齢者の医療問題を論じる前に、わが国における社会保障の位置付けを明確化し、その中で医療や介護がどういう役割を果たしているかを考えなくてはいけないということです。社会保障には生活と生存(生命と健康)、大きくこの2つの安全保障があります。教育、年金、医療、介護といった社会保障は社会的共通資本であり、国民の安全を支える大事な保障のひとつです。生存の安全保障に関していえば、「医療」は一生涯を通じて人間の生命と健康を守るという意味で非常に大きな役割を担っているといえます。社会保障の充実・整備には国が責任を負うべきであり、国が安定して継続的な投資を続けていくことによって、国民が抱いている不安を取り除くことが必要です。高齢者医療に携わる者は、まずこのことをしっかり認識する必要があります。
  2点目は、医療ニーズの把握と医療費の検証ということです。医療提供者は国民の医療ニーズを把握し、それを医療提供体制に反映していくよう努めるべきです。そのためには診療報酬の見直しなどにより財源確保と適切な資源配分を行い、保険制度の安定的運営を図ることが必要です。医療ニーズの把握から医療費の検証までが一連の流れの中で行われるべきであり、財源をカットするために医療提供体制のどこかを削除するというのは本末転倒と言わざるを得ません。医療ニーズの把握と同時に客観的な需要予測も必要であり、その需要予測があってはじめて国民のニーズを医療提供体制にどう反映するかという議論になるわけです。
  新しい高齢者医療体制の創設ということで、私どもは75歳以上の後期高齢者を対象に独立した医療制度をつくるべきだと提案しています。この背景には75歳以上になると寝たきりや痴呆等の発生率、疾病の長期療養が急増し、医療のニーズも一般世代とは異なってくるという実態があります。リハビリや介護を受けたいというニーズが高まってきますし、長期療養者に対する心のケアや終末期医療という問題も重要なウエイトを占めてきます。75歳以上の人口比率は今後ますます増大することは確かであり、こういうことを視野に入れて、これからの医療体制を論じていかなくてはいけません。さまざまな立場の方々に意見を仰ぎながら、高齢者のニーズに則った医療サービスの提供、医療制度の創設を進めていきたいと考えます。


シンポジウム
『新高齢者医療制度について』

シンポジウム出席者
■ コメンテーター
  青柳 俊氏(日本医師会副会長)
■ シンポジリスト
  中村秀一氏(厚生労働省老健局長)
  山本幸三氏(前衆議院議員)
  西島英利氏(日本医師会常任理事)
  稲垣 忠氏(元朝日新聞西部本社論説・編集委員)
■ 座長
  横倉義武氏(福岡県医師会副会長)

『世代間、保険者間の公平化や高齢者医療費の適正化を図る』

横倉 まず、わが国における老人医療をめぐる動きを保険制度や医療費の問題と絡めて、中村局長からお話いただけますか。

中村 1973年に老人医療費が無料化されました。これを機にわが国の老人医療への取り組みが始まったわけで、73年は老人医療制度にとって大変画期的な年といえます。この30年、高齢者を取り巻く状況は大きく変わりました。73年の時点では、老人医療費はまだ全国民医療費の10%程度でしたが、その後増加の一途をたどり、2001年には全医療費の実に37.2%を占めるまでになっています。国民医療費は約10倍に増えているのに対して、老人医療費は27倍以上に上っています。こうした医療費の増大に伴い、社会保険料の国民負担率も9.8ポイント伸びており、社会保険料の負担が重くなってきているというのが現状です。しかし92年から医療財政は悪化し、以来その状態が続いています。こうした背景を考えると、新高齢者医療制度をどうつくっていくかが、医療保険制度全般に関わる大きな問題であるといえます。

04228山本 経済の低迷が続く中、医療費、特に高齢者の医療費の負担が増え続けており、このままにしておけば、世界に冠たる日本の医療保険制度、皆保険制度が崩壊するのではないかという危機感がありました。高齢者医療制度の見直しは急務となっているわけです。そこで私は医療基本問題調査会のワーキンググループで、高齢者の医療制度づくりに取り組んで来ました。新しい保険制度についてはいくつかの案が出ましたが、コストに関するシュミレーションなども行い、最終的に独立保険方式に決定しました。そして昨年の3月、「医療保険制度改革に関する基本方針」が閣議決定され、その中に「新しい高齢者医療制度の創設」という項目が盛り込まれたわけです。新高齢者医療制度の特徴は、75歳以上の高齢者は独立保険方式、65歳から74歳までの前期高齢者はリスク構造調整方式というように、それぞれの特性に応じた制度であり、保険者の自主性・自立性を尊重し、かつ相互扶助のしくみを基本とした社会保険方式である、現役世代の負担が過重にならないように、増大する高齢者の医療費の適正化を図る、といったことです。

西島 医療費の問題だけでなく、疾病内容や医療ニーズの面から見ても高齢者、特に75歳以上の後期高齢者は一般世代とは異なります。そこで、高齢者には高齢者の医療があってよいのではないかという考えに基づき、日本医師会でも1998年に医療制度改革の要として、75歳以上を対象にした新しい医療制度の創設を提案いたしました。それを受けて、保険者団体、経済団体などからも独自の案が提示され、議論が重ねられた結果、昨年3月に基本方針が提示され、閣議了承されるに至ったわけです。ようやく今、実現に向けて一歩踏み出したというところです。

『社会保障制度の究極の目標は安心・安全な生活の基盤づくり』

横倉 高齢者に限らず、将来に不安を感じている方も少なくありません。医療や年金など社会保障に対する国民の関心が以前にも増して高まっているようです。

稲垣 日本はいまだ人類が経験したことのない高齢社会に突入しており、厚生労働省の将来推計人口によると2015人には65歳以上が全人口の26%になる予測されています。このような社会では、社会保障を考える上で「安心感」を与えることが第一にあるべきという認識が不可欠です。またそれが社会保障制度の最大の目標になるべきでしょう。みなさんのお話から高齢者医療制度創設の背景が浮き彫りにされましたが、ここでもう一度、国民が医療改革に何を望んでいるかということを再確認しておきたいと思います。基調講演の中にもあったように、医療は社会保障の中で生命と安全の保障を担う重要な柱です。このことをふまえ、国民のより安心・安全な生活への基盤づくりのために医療改革を遂行するという認識が重要です。そして、質が高く、効率的な医療提供体制の構築や真の患者本位の医療を実現していただきたいと思います。もちろん、国民が「安心」を得るためには、社会保障全体、特に医療と介護の協働が必要ですし、終末期に人間としての尊厳を保った医療や介護を受けられるように制度を整えていくことも必要でしょう。

西島 確かに「安心感」は国民生活のひとつのキーワードであり、将来的な安心感をつくるという意味で社会保障制度を構築する必要があります。そのためには、保険制度設計は、一般世代からの財政支援を現在のような複雑な徴収システムにしないで、可能な限りわかりやすくし、国民の納得を得るということが必要です。また、一部負担の軽減と所得による一部の負担格差をなくし、高齢者の負担を軽減するという視点も必要だと考えます。

『高齢者医療のニーズに応じ医療と介護の密接な連携を』

横倉 医療サービスの提供という面はどうですか。

西島 高齢者医療は疾病予防、急性期医療、長期療養に対する慢性期医療そして終末期医療の大きく4つに分けて考えられますが、今後は予防から治療・リハビリ・療養までを視野に入れ、健康寿命の延伸をめざした医療の提供が必要になってくるだろうと考えます。脳卒中を例にとれば、生活習慣の改善により疾病を防ぐ、発症した場合は病状の適切な管理により重症化を防ぐ、たとえ脳卒中で倒れたとしても適切かつ迅速な救急医療により長期療養化を防ぐ、適切なリハビリにより寝たきりになるのを防ぐというようなことです。最終的に、こういう個々の状態に応じたきめ細かな取り組みが、人間の尊厳を保つ終末期医療につながっていくのではないかと思います。

中村 新しい高齢者医療を考える際の視点として、介護予防やリハビリテーションは非常に重要ですし、その実態を把握することも必要です。介護に関して言えば、2000年に介護保険がスタートした時点では、65歳以上の要介護認定の方は約218万人、10人に1人でした。ところが、昨年11月段階での認定者は約374万人、7人に1人となっています。要介護の原因として男性の場合、脳卒中が圧倒的に多いのですが、女性の場合、痴呆や筋骨格系疾病もかなりの割合を占めます。リハビリには医療の視点からのリハビリと、介護の視点から見たリハビリがありますが、サービスを提供する側がそれをしっかり認識することが大切です。従来は医療中心モデルでしたが、高齢者の場合は介護がやや前面に出て医療が後方支援するという生活介護医療モデルに変わる必要があるのではないかと思います。また、老人医療費における介護費用が伸びているという現実を見ても、要介護状態を防ぐような疾病予防や健康管理がより重要になってきます。医療と介護の連携がこれまで以上に求められる時代になったということでしょう。

稲垣 みなさんが指摘されるように、これからの医療は介護と切っても切れない関係にあるわけで、そういう場合に頼りになるのが「かかりつけ医」の存在です。私も幸いかかりつけ医をもっておりまして、いざという時は電話で相談したりして支えになってもらっています。かかりつけ医は高齢期だけでなく、あらゆる人生のライフステージにおいて機能する存在です。しかし、かかりつけ医の選択の情報が少なく、厚生労働省2002年の調査によると、「かかりつけ医を決めていない」が42%もありました。この数値をぜひ引き上げるように、医療を提供する側も情報提供などを積極的に行っていただきたい。

山本 基調講演の中に国民のニーズの把握と反映という話がありましたが、需要に基づく医療提供という意味からも、そういう意見は大切にしていただきたいと思います。新高齢者医療制度に関しては、現在、基本方針を受けて、社会保障審議会で具体化に向けた議論が進められているところです。前期高齢者と後期高齢者の患者負担のあり方や保険料徴収のあり方、前期高齢者の公費負担のあり方、保険者の問題など検討すべき課題が残されていますが、わが国の公的医療保険制度の優れた特徴を維持しながら、将来にわたって持続可能な医療保険制度の創設をめざしてほしいと思います。

横倉 最後に、青柳先生よりひと言お願いします。

青柳 本日はさまざまな立場の意見を聞くここができ参考になりました。新高齢者医療制度の大まかなデザインはでき上がったので、今後は一つひとつの課題をクリアにしていきながら、国民のみなさまに理解し納得してもらえるような、さらに21世紀の高齢社会を社会保障の面から支えていける新しい医療体制の創設に向けて取り組んでいきたいと考えます。