政策レポート

日銀の見通しについて  (2006.10)

日銀の見通しについて  衆議院議員 山本幸三

 

 

1.2006年8月25日に総務省から公表された消費者物価指数(CPI)を見て日銀は驚愕したのではないか。日銀が想定していたよりも2倍以上の下方修正が行われたからである。日銀の見通し能力に不安を感じさせてしまう内容だ。

 実は、この日5年振りのCPIの基準改定が行われることになっていた。CPIは、ある基準年に於ける消費のバスケットを所与として毎年毎年のそれぞれの品目の価格の変化を比較して作成される。基準年は0か5の付く西暦年とされ、これまでは2000年が基準だった。これを2005年基準に直して改定を行うのである。こういう作り方をするので、その性格上CPIには上方バイアスがあるとされる。消費者は常に安くて品質の良い物を求めているはずであり、基準年に於けると同じウエイトで同じ物を買うことはないはずだからだ。実際は、安くて品質の良い物の消費が増えているはずだが、統計上基準年のウエイトで計算されるからである。

 2005年基準では、2000年基準に比べて総合指数で最大マイナス0.8%ポイント下がり、本年4月までマイナスだったという結果になった。7月は0.3%となった。

 生鮮食品を除く総合、いわゆるコアCPIは、最大でマイナス0.6%ポイント、7月は旧基準より0.4%下がって0.2%となった。注目すべきは日銀が安定的にプラスになったと言っていた本年1月と4月もマイナス0.1%だったことだ。日銀の判断は、完全に誤っていたことになる。

 もっと深刻なのは、生鮮食品とエネルギー関連を除いた総合である。この指数は、欧米で採用されているものでもあり、原油価格上昇が著しい今日では最も相応しい指数とも言える。これを見ると現在も一貫してマイナスであり、デフレ脱却とは到底言えない。7月はマイナス0.3%である。

 日銀は、CPIの上方バイアスの大きさを完全に読み間違え、結果として誤った政策判断を行ったといえるのではないか。

 

2.このCPIの上方バイアスの問題は、物価安定を至上命題とする日銀の金融政策にとって重要なポイントであり、私がかねてから問題提起してきたところである。例えば昨年(2005年)10月3日の衆議院予算委員会で福井日銀総裁との間で、以下のようなやり取りがあった。

 「(山本)そこでちょっと気になるのは、ずっと日本銀行は、量的金融緩和の条件で、消費者物価上昇率が対前年比でゼロ%以上に安定的に推移した場合に解除するということを目標として掲げている訳ですね。

 これは一見、そうかなという感じを一般の方は持つかもしれませんが、消費者物価指数というのは、その統計作成上限界がありまして、つまり、一つのバスケットを作ってそれを比較する訳ですから、その簡に経済や消費者の好みは動いてしまいますから、より安くていい物に動いているはずなんですね。それを昔のバスケットで統計をとると、必ず実態よりは上に振れるんですよ。あるいはパソコンでも、同じ値段でも中身はよくなっている訳で、そういう点からしても、このバスケットの作り方と消費者の行動、中身から見ると、CPIだけを見ていると必ず上振れしている、上方バイアスがかかっている訳ですね。

 つまり、どういうことかというと、ゼロ%というのは、本来のものからいったら、まだマイナスなんですよ。これは実証研究が日本の場合余りないですけれども、日本銀行の白塚さんという人ただ一人やっていますけれども、当然、日本銀行の中でそういう研究はやっているはずなんです。

 経済学者や専門家の世界での常識は、少なくとも1%以上じゃないと駄目だ、CPIで1%以上にならないと本当のところはマイナスなんだというのが世の中の常識、経済学者の常識なんですけれども、それを無視して、ゼロ%以上になればいいじゃないかということでずっとやってきているんですが、私は、これは危険だ、それを言っている限りいつまでたっても本来の、物価がプラスになる領域に達しない、それは余分な時間がかかってしまうというふうに思うんです。この点について、福井総裁、いかがですか。

 (福井)かねてより幾たびかお答え申し上げてきておりますけれども、消費者物価指数の前年比変化率がゼロ%になれば日本経済が本当に最終的に我々が目指すべき望ましい、均衡のとれた経済になるとか、CPIゼロ%が我々にとって本当に望ましい物価水準であるとかというふうには考えていないということをたびたび申し上げました。

 そういう状態に持っていくための一つの通過点、重要な通過点がCPIがゼロ%というところであり、量的緩和政策という、世界にも日本にもかってとられたことのない異例な金融政策というものをいつまでやるんだということは、最低限そこまでやっていけば、我々はその後も安全に経済を運営していけますと。急にそこから引き締めるというふうなことを一度も申し上げたことはない訳でありまして、そこからも日本経済に対しては、金融政策の面からは十分弾力的に、そして持続的な成長が可能となるような、そして物価の安定が最終的に上手く実現出来るような経済に持っていきたい。その一つの大きな通過点がCPIゼロ%ということで、異常な政策をいつまでも続けるというふうな御意見には我々は断固くみするすることは出来ないということでございます。

 それから、消費者物価指数についてバイアスがあるという委員の御指摘、その通りでございます。これはどんなに統計を完璧に作りましても、どこの国でも多少バイアスがある。そのことは私どもも十分認識しております。以前からも、日本銀行の中でも、このバイアスがどれくらいあるかいうふうなことの試算は専門家がいろいろやっておりますが、最近時点でもその作業をさらに繰り返しております。

 政府の方におかれまして、消費者物価指数の計測方法は日々改善を続けておられまして、大変ありがたいことだと思っておりますけれども、特にヘドニック法の採用等の以降は、かって計測しましたような大きなバイアスはだんだん小さくなってきている、このことも委員は御承知だろうというふうに思っております。

 (山本)バイアスがあるということは認められている訳ですね。そうすると、では、日本銀行は何を目標にしてやっているのかというところが分からない。ゼロ%というのは単なる通過点ですよ、それでいいというふうに思っているんじゃないですよということなんですけれども、では、何がいいと思っているんだ、これが非常に重要な話になるんですね。

 日銀法2条で、日本銀行は物価の安定を通じて経済の発展を図るという目的が書かれている訳でありますけれども、日本銀行の人に、では、物価の安定とは何なんだ、定義してくれと何回聞いても定義してくれないんですね。インフレでもデフレでもない状況を物価の安定というだと日本銀行のホームページは説明していますが、これは説明じゃないですよね。つまり、一番かなめなところで逃げている。目標がしっかりしていないから、いろいろやっているといって、上手くいけば自分達の成果になるけれども、失敗したら責任逃れが出来るという形になっているんですね。

 これは私は余り好ましいことではないというふうに思っていまして、ゼロ%というのが、そこが通過点だったら、少なくともバイアスがあるということは分かっているんだから、そこははっきりしてもらった方がいい。

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 この時点では、福井総裁は、「CPIの上方バイアスというのもあるにはあるが、統計技術の改良によって無視出来る程に小さくなっており、旧基準に基づいても大差ない。」と考えていたようだ。ヘドニック法という手法もパソコンとデジカメしか適用されていないことなどをよく理解していたのだろうか。

 

3.次いで本年(2006年)に入って、量的金融緩和解除の直前、2月13日の衆議院予算委員会では、私と、竹中大臣、福井日銀総裁との間で次のようなやり取りがあった。

 「(山本)・・・・。それは、例えば、量的緩和解除の条件にCPIが安定的にゼロ%というふうになっているんですが、私は依然からゼロ%台というのはまだデフレだという認識をしておりまして、それはいわゆるコア消費者物価指数、コアCPIには上方バイアスがかかっているからだということが一つの理由でありますけれども、この点については、CPIがどれくらいバイアスがあるのか、これはいろいろな研究があったんですが、最近の状況も踏まえてどれぐらいバイアスがかかっているというふうに考えるのか、あるいは、このCPIというのは5年毎で変える訳ですけれども、その辺のことについて、竹中大臣、お願いします。

 (竹中)委員御承知のように、この算式の性格上、基準年というのがありますが、基準年から離れれば離れるほど実態より高くなっていきやすいというのが一般的な認識だと思います。現行の制度は平成12年(2000年)を基準年としておりますけれども、基準年は5年に一度改定されますので、平成17年(2005年)を新基準年という新指数が本年の8月に出されることになっております。

 どのぐらい最近で高いかというのは、この8月を見ると明確になるということだと思いますけれども、過去の最近の例だけ申し上げておきますと、平成7年基準から12年基準に改定された数字で直近の平成13年のものを見ますと、新基準と旧基準の間では0.3%ポイントの乖離が出たという事実でございます。その意味では、これが最近の例でいったところの一つの上方バイアスであるということだと存じます。

  (山本)・・・・。当然上方バイアスがあって、これは最近の例で0.3%あったといことですから、私は、このことは、CPIを基準に政策判断をするときには十分頭に入れておかなければいけないことだと思っておりまして、そこは、特に今年、この今の状況というのは、前回の基準改定から一番時間がかかっている訳で、それがまさに一番乖離幅が大きくなっている状況にある。

 これは今作業をやっていて、8月に2000年基準を変える訳でありますけれども、私は、この基準改定を見ないと、本当のところ消費者物価というものが本当にゼロ以上になっているのか、あるいは、今はまだゼロ%以上になっているけれども、改定してみたらマイナスになっちゃったというようなことが当然起こり得る訳でありまして、これは、余り早く政策変更をやると危ないというように思っております。

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そういうことをいろいろ含めますと、マスコミ等では3月とか4月とかいう話が出ていますが、基本的に、まずバイアスの話について納得させるためにも、そして、そのほかのさっき申し上げたようないろいろなリスクのことを考えても、少なくとも8月の基準改定までは待たないと、逆戻りする、年金生活者をまたいじめるようなことになるリスクがあると私は考えるのですね。

 そういう意味では、この8月の基準改定まで政策判断決定を待つということについて、日銀総裁、どういうふうにお考えでしょうか。

(福井)CPIについて山本委員が常日頃深く研究を進めておられることに、私どもも大変敬意を表しております。

 CPIについては、どこの国のCPIも一種の上方の測定バイアスを持っている、これがいかほどかということがなかなかつかみにくくて、大変苦労している一つのポイントでございます。日本についても同様でございます。私どもも。金融政策の運営上、消費者物価指数というものを重視しながら運営をさせていただいておりますが、消費者物価指数がこういう上方バイアスをもっているということは十分念頭に置きながら、物価についての基本的な判断を進めているということでございます。

 そう申し上げました上で、デフレ脱却の方向あるいは私どもの量的緩和政策の枠組みの修正の方向を考えますときに、最も大切なことは、一つは物価のレベル、もう一つは、景気が持続的な回復を続ける下で物価が基調として下落からプラスで安定した方向に転じていくかどうか、この方向性が確かかどうかということが非常に大事な点でございます。それで、この物価がいい方向に向かっているかどうかということの方向性を確認するには、物価指数だけではなくて、経済実態そのものが持続的な回復の軌道にしっかりのっているかどうかということを、きちんとあわせて判断しなければならないということでございます。」

 私と竹中大臣が揃って、今はCPIが一番水膨れしている時期なので8月まで待ったらどうかと提案したが、福井総裁は、「改定したとしても、よもやマイナスに戻ることはなく、プラス基調は維持出来る。」と信じ込んでいたようだ。そして、3月9日、量的金融緩和政策の解除を強行した。

以上のことをふまえると、現在の日本の景気の行方に不安を感じるのである。

 慎重に考えていく必要があるのではないだろうか。

 

(以上)