政策レポート

日銀は政策の透明性を高めよ!  2007.1.29

 

日銀は政策の透明性を高めよ!  2007.1.29

 

経済産業副大臣
衆議院議員 山本幸三

1.日銀の金融政策が迷走している。一月の金融政策決定会合で「金利を引き上げる。」と意気込んでいたようだが、説得材料が出揃わず延期に追い込まれた。会合後の記者会見で福井総裁は「日銀の景気回復シナリオに確信が持てれば、直ちに利上げする。」と述べたそうだが、思い通りにいかない苛立ちが滲み出ていた。2月の利上げを模索するのだろうが、既に12月のコアCPIは0.1%と11月の0.2%より低下しており到底無理だろう。市場はいよいよ混乱するばかりで不幸なことだ。今の日銀の金融政策運営の最大の問題は、基本である「政策の透明性」と「説明責任」が完全に失われていることである。

2.どうしてこういう事態に陥ったかといえば、日銀の景気回復シナリオなるものがことごとく間違っていることが明らかになったにも拘わらず日銀はその非を認めようとせず、自らのメンツを立てるために焦りまくっているからである。去年の3月日銀は何と言っていたか。「既にコアCPIはプラスに転じ後は上がるばかりで最早マイナスに戻ることはない。需給ギャップもプラスで物価は上昇を続けるだろう。企業収益の好調振りを受けて所得が上がり個人消費も増大するだろう。設備投資は過熱気味であり、放置すれば経済の波乱要因となりかねない(将来のインフレ要因となりかねない。)。」と言って量的金融緩和解除を強行したのである。8月には、このシナリオの通りに日本経済は進んでいるとしてゼロ金利解除も強行した。3月の量的金融緩和解除の際は物価安定の定義(彼らは理解としたが)を数値で示したのでそれなりに評価したが、8月のゼロ金利解除の際は「月末にはCPIの改定があるし、個人消費も今ひとつなので、もう少し様子を見るべきだ。」と警告したにも拘わらず無視された。
 結果がどうなったかといえば、CPI改定でせいぜい平均0.3%のマイナスだろう読んでいたのが平均マイナス0.5%という大幅改定、しかも4月はマイナスに後戻りしていたこととなり日銀は大いに恥をかいたのである。素直に反省すればよいものを、「0.3%分は前年11月に半導体の指数の計算方式が変更になったという特殊要因によるもので、自分達の見通しは誤ってはいない。」と内閣府に責任転嫁したのである。半導体について何も突然方式を変えた訳ではないのだが、自分達の見損ないを認めたくなかったのである。彼等の説からいえば一年経った昨年11月のCPIは自動的に0.3%上がるはずであったが、実際は0.1%しか上がらなかった。勿論他の要因が働いたこともあるのだろうが、物価とはそういうもので、自分が間違った時だけ特殊要因、特殊要因と逃げ口上を言い騒ぎ立てるからみっともないのである。

3.需給ギャップがプラスに転じたというのもおかしくなった。内閣府は昨年暮れの7~9のGDP改定で需給ギャップはまだマイナスであったと訂正したのである。にも拘わらず日銀は、依然として需給ギャップはプラスだと強弁している。
 私は、そもそも需給ギャップなるものは余り当てにならないものだとかねてから主張してきた。昨年の予算委員会の質疑でも申し上げたのだが、今内閣府や日銀が用いている生産関数モデルによる潜在成長率の推計には問題がある。それは、設備投資が需要項目にも供給項目にも入っているからである。
 今は設備投資の調子はよいが2年前まではバブル崩壊の影響で長いこと低迷していた。モデルはこの低迷していた頃の設備投資の数値を投入して推計式を作るので生産関数は小さめに出るのである。そうすれば需要がある程度回復すれば直ぐに需給ギャップがプラスになったという結果が出てくることになる。需給ギャップの議論をするときには、こうした統計上の癖を念頭に置いて議論すべきなのだが、日銀にそのような配慮はみられない。

4.企業の収益回復が所得増へ、そして消費増に回るというメカニズムも残念ながらまるで顕在化していない。給与所得は増大していなし、7~9の消費はマイナスだった。10~12月はその反動でプラスになるだろうが力強さには欠けそうだ。
 日銀のこのシナリオは、2000年8月のゼロ金利解除強行の際の「ダム論」を思い起こさせる。企業収益という水がダムに溜まり所得と消費に流れ出すはずだと主張してゼロ金利解除を強行し見事に失敗したのである。
 企業の収益が上がったからといって何故所得や消費に結びつかないのか。私は、「企業はまだ景気の本格回復に自身が持てないからだ。」と思っている。企業の収益増大は、大胆なリストラと円安による輸出増によるところが大である。国内での本格的な需要増によるものではないと企業が実感しているからに他ならない。一時金は増やすが定昇には結びつかない。派遣社員増にはなるが、本社員増にはなっていない。景気が回復していけば、これは改善してくるはずだし、その芽は出て来ていると思うが、まだまだだ。今が一番大事で政策面で応援してやるべき時だ。
 企業が自信を持って賃上げや正規雇用増に踏み切るためには、デフレが完全に解消し更新のための設備投資が順調に進んで国際的な競争に勝てるという状況になった時だろう。税制で減価償却100%可能にするという手を打ったばかりであり、金融面でも金利を上げて税制と逆行するようなことをせず、しっかり支えてやるということが必要である。将来的にもインフレの恐れなど全く無いのだから。

5.日銀は、かっての論理がことごとく破綻したものだから、このところ別の理屈を金利引上げに持ち出してきている。それは、「円安」である。日本の金利が低いために円安が進み、海外からの円安批判を招くというのである。武藤副総裁が国会開幕の挨拶と称して自民党の幹部回りをした時に、この論理を用いたと伝えられている。経済政策の在り方をしっかり理解せず、その時々で都合のよいことだけをつまみ食いするのは困ったことだ。
 経済政策の基本だが、政策手段の数に応じた政策目標しか達成することは出来ないのだ。適正な経済成長、物価の安定、為替の安定という3つの政策目標があるとしても、使える政策手段は財政政策と金融政策の2つしかない場合には、政策目標の一つは諦めなければならないのである。各国とも、経済成長と物価の安定を優先目標と定め、為替の安定は市場に委ねることにしたのである。それが変動相場制の意味である。
 確かに為替が極端に振れると何かしたくなる気持ちは分かるが、だからといって金融政策を為替政策に振り向けるというのは本末転倒である。しかも0.25%~0.5%程度金利を上げたからといって今の円安が劇的に戻るという確証は無い。為替は、金利だけではなく種々の要因によって支配されるからである。円安阻止といって金利引上げを急いでも、円安は変わらずデフレに逆戻りすれば元も子もない。円安は逆にもっと進むかもしれない。

6.日銀審議委員の中には金利引上げを急ぐべきだという人がいるが、一番問題なのは、何を目指しているか全く分からないことである。今金利を上げて、デフレに逆戻りさせたいのだろうか。景気回復の芽を潰そうとしているのだろうか。ただ金利水準を正常化したい、つまり日銀のメンツを守りたいだけではないか。国民経済を忘れて自分達の庭先だけ綺麗にしておきたいというのは許し難いことだ。
 金利引上げを主張している審議委員の一人と昨年暮れあるグループの忘年会で同席したことがある。その時私が「年収2800万円という高給取りの審議委員を2期も続けるのは問題だと思って再任を反対したのだが、間に合わなかったのだ。」と述べたのに対し、当人は「でも民間企業から来た人は、収入が激減して困る。」と言っているわよと平然と答えたのには驚いた。彼等には、年収250万とか300万円とかの庶民の気持ちなど全く分かっていないのだ。

7.今日銀がやるべきことは、日銀として何を目指すのかはっきりさせることである。それが「政策の透明性の確保」である。このために一番望ましいのは、2~3年後の物価上昇率を明確に示すという、いわゆるインフレ・ターゲットである。こうした明確な目標を数値で示せば、誰もが金融政策の行方を読むことが出来、今月は上げる、いやそうではないなどいう馬鹿騒ぎを繰り返す必要がなくなり期待が安定化し投資も消費も遣り易くなるはずである。イギリスなどこのお陰で経済成長と生産性向上が16年も続いている。  
 日銀は既に物価の安定の定義(理解)をCPIで0~2%で中央値1%と示したのだから、これを2~3年で実現しますと宣言すればよいだけだ。しかし、そうしようとしない。責任を取りたくないからだ。
 また、こうした目標がはっきりしないと責任が不明確になる。いきおい説明責任も果たせない。
 私は、昨年8月のゼロ金利解除の際に、「コアCPIがマイナスに戻ったら審議委員は全員責任を取って辞めてもらう。」と要求している。1月は何とか0.1%だったが、2月は原油の値下がりもあり危ないのではないか。金融政策の手段の選択についての独立性はあるが、結果責任は免れないのである。私の危惧がてき面した時、委員がどういう結果責任を取るか楽しみではあるが、日本経済全体としてはあってはならないことである。
 一日も早く日銀が、金融政策の王道に戻り、「政策の透明性の確保」と「説明責任」を果たすよう望むものである。

(以上)