政策レポート

日銀は日本経済を潰す気か?(2007.2.26)

 

日銀は日本経済を潰す気か?(2007.2.26)

 

経済産業副大臣
衆議院議員 山本幸三

1. 2月21日、日銀は政策金利を0.25%引上げ0.5%とする決定を行った。前回1月の政策決定会合では見送りその後発表された経済指標も強弱入り混じってとても政策変更を後押しするほどのものではなかったことから、今回金利引き上げを強行したのは正直驚きであった。
 この決定は、微妙な時期にある日本経済に深刻な悪影響を与える恐れがある。7月の参議院選挙の頃にそのことがはっきり現れてくるのではないかと心配される。日銀は、日本経済と安倍政権を潰そうとしているのだろうか?
 以下その懸念について申し述べてみたい。

2. 私が景気見通しで一番信頼しているのは嶋中雄二さん(三菱UFJリサーチ&コンサルティング投資調査部長)であるが、彼によると「日本経済はすでに後退局面の可能性がある。」というのである。嶋中さんの議論を簡単にまとめると以下のようになる。
 「景気の山や谷は景気動向指数(DI)の一致指数から作成されるヒストリカルDI(不規則変動除去済みDI=HDI)に基づき、景気動向指数研究会での議論を経た後内閣府経済社会総合研究所が認定する。つまり、景気拡大の正式な判断はDIの一致指数に依拠し、直近の景気を総合判断する月例経済報告の基調判断とは当然異なり得る。91年に「幻のいざなぎ超え宣言」というのがあった。同年9月、当時の越智通雄経済企画庁長官はバブル景気がいざなぎ景気を超えたと宣言した。が、93年11月の景気基準日検討委員会でいざなぎ超えはないと認定され、その後91年3月から景気後退期に入っていたことが判明した。その間、月例報告では「緩やかに減速しながらも、引き続き拡大している」などの表現をしていたのである。
 今回の「いざなぎ超え」や「景気拡大60ヶ月到達」をHDIの手法を用いて検証してみるとどうなるか。昨年11月のHDIの一致指数は60%で、景気の拡大・収縮の分水嶺である50%を越えている。今年4月の生産関連のデータ改定などで転換点がずれなければ、確かに「いざなぎ超え」を果たしている。しかし、問題はその先だ。12月は、未発表の稼働率指数と営業利益を除いた9つの指数でみる暫定HDIは33%と50%を割っている。先行指数のHDIが20%まで低下していることも重要だ。
 過去4回の景気循環は、先行指数のHDIの山と景気基準日付けの山との平均タイムラグは5.3ヶ月で、かつ、今回の局面で先行HDIが50%を割る直前の月は昨年5月(58%)だった。しかも過去は、先行HDIが33%まで下がりながら景気後退でなく踊り場で済んだケースが2回(94-95と04-05)あったが、20%まで下がって景気後退にならなかったのは一回もない。
 以上から、我が国の景気は、確かに「いざなぎ超え」はほぼ裏付けられるが、「60ヶ月に達した」とか「6年目に入った」とまでは言い切れない状況だ。景気拡大は58ヶ月で終了し、昨年末から景気後退に入っている可能性が高い。」ということだ。

3. 過去10年近く日銀との間で景気の見通しについて見解の相違が生ずることが何度もあったが、結果として日銀の見通しが当ったことは一度もなかった。「デフレの下では、日銀に景気を正確に見通す能力はない。」というのが、これまでの私の評価である。
 しかるに日銀は、今回も強気の見通しを強調している。「会合までに明らかになった内外の指標や情報をもとに、日本経済の先行きを展望すると、生産・所得・支出の好循環メカニズムが維持されるもとで、緩やかな拡大を続ける蓋然性が高いと判断した。すなわち、米国経済など海外経済についての不透明感は和らいでいる。そのもとで、企業収益の好調と設備投資の増加が続くとみられる。個人消費については、昨年夏場の落ち込みは一時的であり、緩やかな増加基調にあると判断される。」と。
 全てにおいてプラス面ばかり見て、マイナス面は無視するという姿勢が強過ぎるように思える。「米国経済はソフトランディングするから大丈夫。」というのだが、米国の製造業マインドやCI先行指数などからみて一段と減速していくことは確かなのであって、これが輸出を牽引力としている日本経済に悪影響を及ぼさないことはない。個人消費の落ち込みを一時的と決め付ける決定的な根拠も十分ではない。また、出荷・在庫バランスがマイナスとなった業種が増えており、今後の生産、設備投資、企業収益は減速する可能性が高くなっていることも無視している。
 物価についても、相当無理な言い訳をしている。「物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)は、小幅の前年比プラスとなっており、原油価格の動向などによっては目先ゼロ近傍で推移する可能性がある。もっとも、より長い目で消費者物価の動きを見通すと、設備や労働といった資源の稼動状況は高まっており、今後も景気拡大が続くと考えられることから、基調として上昇していくと考えられる。」と。
 全く勝手な思い込みを押し付けるようなもので、「中央銀行の金融政策の説明責任としては、なっていない。」というのが、率直なところだ。昨年3月の量的金融緩和解除までは、何と言っていたか。「消費者物価指数(除く生鮮食品)がゼロ以上となり、その後マイナスに戻ることがないと見込まれるようになったら解除する。」と明言していたのである。それが、「マイナスになるかもしれないが、将来は上昇するだろうから、金利を引き上げる。」というのであり支離滅裂だ。しかも、顕著に上昇するという根拠は何も示していない。
 日銀の本来の任務は、「物価の安定」であり、それはインフレでもデフレでもいけない。日本経済はまだデフレ克服を宣言しておらず、そのような状況で物価を預かる日銀が、デフレ脱却と逆行しそうな政策を採ること自体が異常なのである。しかも、一年前とは全く違う目標設定を恥ずかしげもなくするというのは、今の日銀審議委員達は少々狂っているのではないか。今後審議委員を選ぶ際には、十分気をつけなければいけない。「デフレを甘くみるととんでもないしっぺ返しを食う。」というのが、過去15年の教訓だったはずだが、日銀はこの轍を踏もうとしているように思えてならない。

4. ところで朝日新聞の山田厚史編集委員のように、「今回の利上げは、ゆがみを正すという観点から必要だった。」と評価する向きもある。
 山田氏は、「低金利が経済・物価情勢と離れて長く継続するという期待が定着するような場合には、行き過ぎた金融・経済活動を通じて資金の流れや資源配分に歪みが生じ、息の長い成長が阻害される可能性がある。」という日銀の説明を、「低金利の日本のお金が世界中に溢れ出していき,投機や企業買収に向かっているし、円安を招いている。これに欧州諸国が反発している。こういうゆがみを正していく意味からも金利引上げが必要だった。」と理解するのである。
 こうした見方をする人達が結構いるが、二つの点で問題がある。
 第一は、金融政策を「資金や資源のゆがみを正す政策」として割り当てるべきではないということだ。人々が資金や資源を動かそうというときの動機は何も金利だけで決まるものではない。収益性とか、期待感とか、税制とか、規制とか種々雑多な要因で決まるものである。これを金利でコントロールしようとしても無理だし、行き過ぎれば逆のゆがみが生ずることになる。円キャリートレードが嫌だというなら、欧米並みに4-5%にしなければならないが、そんなことをしたら日本経済が一体どうなるか。金融政策は、「資金や資源の歪み」など余計なことに気を取られず、物価と景気の行方だけに集中すべきなのだ。日銀が、自分でコントロールも出来ないこうした「歪み」の問題にまで踏み込むのは僭越だというのが、私の立場である。
 第二に、山田厚史氏のように「低金利の日本のお金が世界中を駆け回る」という誤解を解くことがなかなか難しいということだ。円は日本国内でしか使えないのだから、円が国境を飛び出して暴れまわるということはない。まあ、たまに海外旅行に出かけ円を受け付ける店もあるから円を使うこともあるが、微々たるものに過ぎない。受け入れた店は、円現金を持っていても利子も付かないから直ぐに銀行に持ち込み、銀行は直ちに日本に送金する。低金利の円を借りたとしても、必ずドルなどに転換して海外に持ち出すのだから、円が外に出る訳ではない。山田氏が言うように、「円資金が溢れれば、世界中が過剰流動性になる。」などといったことは起こり得ないのだ。起こるのは、円とドル等の交換で、円安になるということくらいだ。国際金融はなかなか素人には分かりづらいのだが、誤解を元に政策論議をするのだけは止めてもらいたいものだ。
 ところで円安だが、「為替政策として金融政策を割り当てるべきでない。」というのは、前々回のこのメール・マガジンで述べた通りだ。金利だけで円レートをコントロールすることは出来ないからだし、そんなことをすると大きな弊害を伴うことになるからだ。日銀は、おそらく今回の利上げで若干円高に向かうと期待したのだろうが、結果は逆に出て、円安は更に進んだ。結局、市場の期待を金利だけで動かすことは無理なのだ。本筋は、日本経済をデフレから脱却させ安定成長軌道に乗せることだが、日銀はその芽を摘もうとしているのだからどうしようもない。

5. 今回の決定会合で救いだったのは、岩田一政副総裁がただ一人、金利引上げに反対したことだ。総裁と副総裁2人は執行部なので、これまで3人の意見が割れるということはなかった。しかし、岩田さんは自分の信念を貫いて敢えて反対票を投じたのである。日銀内で猛烈なプレシャーを受けたであろうに、最後まで信念を曲げなかったというのは、賞賛に値する。こういう人こそ次期総裁にふさわしいのではないか。

6. また、今回決定の大問題だったのは、審議の途中で「情報のリーク」があったことだ。お昼ごろ一部のマスコミだけに「金利引上げの提案が行われた。」との情報が漏れ、これを受けて国債の大量売却が行われたという。インサイダー取引とも言われかねない事態が生じたのである。
 通常こういう場合には、政策変更は取り止めるのだが、日銀は強行した。日銀は、インサイダー取引に甘い習性を持っているのだろうか。
 いずれにしても今回決定の成否は、数ヶ月後に明らかになろうが、私の懸念が杞憂なのかどうか、じっくりと見極めたいと思う。

(以上)