「量的金融緩和解除」の舞台裏

「望ましい金融政策について」・中間報告

平成18年3月28日
自由民主党 政務調査会
金融調査会 金融政策に関する小委員会

(経緯)

1 当小委員会(山本幸三委員長)は、自民党・金融調査会(金子一義会長)の下に設置され、平成17年12月15日より平成18年3月9日に至るまで計9回に亘って、「デフレ克服」に向けた「望ましい金融政策について」検討を行ってきた。主な検討項目は、「デフレ克服の定義」、「消費者物価指数(CPI)の上方バイアス」、「物価安定数値目標政策(インフレ目標政策)」、「名目成長率目標政策」、「名目成長率と名目金利」、「量的緩和政策の効果」、「量的緩和政策解除の影響」、「出口政策の在り方」といったものである。
 時あたかも3月9日には、日銀が、「量的緩和政策の解除」を行った。この日銀の政策変更は、当小委員会の議論とも密接に絡むものであり、この際、検討経過を簡単に振り返るとともに、「望ましい金融政策」についての当小委員会としての提言を中間報告として提示することとしたものである。

(デフレ克服の定義)

2 「デフレ克服」の定義は必ずしも確立していないが、日銀は「景気が回復を続ける下で、物価が基調として上昇していくと見込まれる状況」とした。その際、「物価」としては消費者物価指数だけでなくGDPデフレーターなど他の物価指数も勘案するとともに、背景にある需給ギャップや単位労働コストなどを総合的に判断する必要があるということで、大方の意見の一致をみた。
 なお、この議論の過程で日銀は、「量的緩和政策の解除」は「デフレ克服」を意味するものでなく、それに至る一つの通過点であることを明言した。

(CPIの上方バイアス)

3 現行の消費者物価指数(CPI)には、相対価格の変化や新製品の登場・旧製品の消滅などに伴う消費者行動の変化を的確に反映させることが難しく、「上方バイアス」が存在するとされる。この「上方バイアス」は、かつては1%近くあるといわれていたが、近年では統計技術の向上等により縮小したとされる。平成17年基準改定を踏まえた指数はこの8月に公表予定で、これを待たなくては消費者物価指数の本当のところは分からないといえる。

(インフレ目標政策)

4 1990年代以降、期待の安定化と政策の透明性を高めるため、日本と米国を例外として、各国で「インフレ目標(あるいは参照値)」政策の導入が相次ぎ、もはや世界の大勢となりつつある。
 具体的には概ね1~3%のCPI上昇率を目標とするところが多く、これら採用国の経済パフォーマンスは従前より格段に向上し、実質成長率は高まるとともにインフレ率は目標範囲内にコントロールされている。
 また実際の金融政策運営においては、目標とする数値に厳格に縛られるのではなく、短期的には目標の範囲を超えたり、実際の物価の動向と反対方向の政策を採ることも十分有り得るという「柔軟なインフレ目標政策」が主流である。

(名目成長率目標政策)

5 金融政策は、短期的には実質GDPに影響を与え、長期的には物価に反映されるということから、両者を合わせた名目成長率を目標とすればよいとの考え方である。
 ただ、この政策には、GDP統計の即時性が低く、また改定が頻繁だという難点がある。しかも、名目成長率全てを金融政策に担わせるのには無理があり、名目成長率目標は政府・日銀が共有し、その内実質成長率は政府が、物価は日銀が責任を負うという役割分担がやはり妥当ではないかとの意見が強い。

(名目成長率と名目金利)

6 名目成長率が名目金利より高ければ財政再建が早まるというのはその通りだが、両者の関係についてはどちらが高いと一義的にいうことは出来ないというのが、大方の理解である。ただ、「インフレ目標政策」採用国の方が、名目成長率と名目金利の差が小さくなっていることは注目に値する。

(量的緩和政策の効果)

7 日銀は「量的緩和政策の効果」として、(1)金融市場の安定や緩和的な金融環境を維持し、経済活動の収縮を回避するのに大きな効果を発揮した、(2)消費者物価指数に基づく約束は、物価が下落を続ける下ではゼロ金利の継続予想を生み出し中短期金利の低位安定に貢献してきた、ことを挙げる。民間エコノミスト達は、これに加えて「ポートフォリオ・リバランス効果」による株価上昇、土地価格の底入れ、円安等を挙げる。これに関連して、土地バブルが生じているのかどうか検討したが、今のところ局所的であり、バブルとまではいえないとの見方が強い。 

(量的緩和政策解除の影響)

8 「量的緩和政策の解除」は一般的に政策の引締めと受け取られ、信用リスクの拡大、企業倒産確率上昇、円高を通じて、株価を押し下げる可能性が高いとされる。ただし、海外の投資家にはこれを「デフレ克服」のサインと捉え、株価はむしろ上昇すると予想する向きもある。
 一方日銀は、「量」を削減しても当面低金利は維持されるので、その影響は限定的とみる。

(出口政策の在り方)

9 「量的緩和政策の解除」に当たっては、(1)低金利への’コミットメント’による時間軸効果で中長期金利の上昇抑制、(2)国債発行残高抑制等による財政リスクプレミアムの抑制、(3)「緩やかなインフレ目標政策」の導入による期待の収斂、(4)望ましい調整軌道へ誘導するための「中間参照値」の併用、等が推奨される。

(政策提言)

10 以上のような検討結果を踏まえ、当小委員会としては、以下のような政策提言を行うものである。

(1)「デフレ克服」というのは、政府・日銀共通の最重点課題である。これを実現するために、まず「改革と展望」で示された名目成長率(2006年度2.0%、2011年度3.2%)を一応の政府・日銀共有の目標とし、その下で、政府は構造改革・規制緩和等により潜在成長力の向上を、日銀は「物価の安定」を図っていくということが望ましい。

(2) 「量的緩和政策解除」に当たっては、当面ゼロ金利政策を継続すること、また、長期国債の買入れは現状を維持することが妥当である。

(3) 「量的緩和政策解除」後の市場の期待を安定化するとともに政策の透明性を高めるためにも、「望ましい物価安定の目標(その範囲)」を数値で示すことが必要である。

(4) デフレ心理からマイルドな物価上昇方向へのレジーム転換を確実にするためにも、「望ましい物価安定数値目標」への中期的な’コミット’を明確にすべきである。
 ただし、「望ましい物価安定数値目標」というのは中期的な目標であり、これによって日銀の政策運営の機動性や柔軟性が失われるものではない。短期的には、目標範囲を超えたり、実際の物価動向と反対方向の金融政策の運用を行うことは当然有り得る。

(5) 「望ましい物価安定数値目標政策」の下で経済を望ましい調整軌道へ誘導するガイドとして、中間参照値の併用も検討すべきである。

(6) 政府は、国債残高の抑制や財政規律の確保に努めるべきである。

(日銀の新たな金融政策運営枠組みの評価)

11 日銀は、当小委員会の提言が出る前の3月9日、「量的緩和政策の解除」
を決定した。その措置の中には、我々の政策提言に沿うものも多く、ここ
で簡単な評価をしておきたい。

(1)
「量」は削減するとしても、当面ゼロ金利政策は続けるとしていること、及び長期国債の買入れは現状を維持するとしていることは、妥当である。

(2)
 「物価の安定」を数値で明確化したことは、評価出来る。「現時点では、消費者物価の前年比で0~2%程度。中心値は、概ね1%の前後。」というのを、各政策委員の「中長期的な物価安定の理解」として公表し、毎年見直すという。

(3)
 本来的には、我々の提言のように「望ましい物価安定数値目標」として位置付けるのが望ましいが、これまでの政策委員会の議論からみて、数字を出すだけでも大きな進歩である。然るに、「物価の安定を図ることは、日銀の使命」なのだから、この「物価安定の数値」に中期的に拘束されることは明らかである。

(4)
 下限のゼロというのは、超えたばかりの現状では止むを得ないが、「CPIの上方バイアス」や政策の’のり代’を考えると低過ぎる。最低0.5%は、欲しい。いずれ見直されるだろう。また、我が国は海外に比べ低目の物価上昇率を選好するとのことから上限2%程度としているが、余り幅が狭いと返って困ることにならないか検討を要する。

(5)
 今後「新しい枠組み」が、我々が提言する「望ましい物価安定数値目標政策」と同等の効果を上げられるかどうか、その具体的な運用を注意深く見守っていく必要がある。

(6)
 なお、「新しい枠組み」によって市場のデフレ心理が転換されようとした時に、審議委員の一人がこの「枠組みの効果」を否定するような発言を行い、金利や株価が乱高下したことは誠に遺憾である。政策変更には細心の注意が必要であることを銘記すべきである。

(以上)

金融調査会
金融政策に関する小委員会
開催実績

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・日本銀行、内閣府、財務省
H17.12.21 インフレと成長について
・岩田 規久男 学習院大学 経済学部 教授
H18. 1.26 消費者物価指数(CPI)の上方バイアスについて
・総務省、日本銀行
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投資調査部長
H18. 2. 9 土地バブルか否かについて
・久恒 新 都市経済研究所 IUE 代表取締役
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ファイナンス研究科 教授
H18. 2.16 量的緩和の効果について
・安達 誠司 ドイツ証券
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H18. 2.23 量的緩和解除の影響について
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