PRESIDENT Online スペシャル 塩田潮の「キーマンに聞く」【7】『消費再増税でアベノミクスは沈没する!-山本幸三(元経済産業副大臣)』

消費再増税でアベノミクスは沈没する!-山本幸三(元経済産業副大臣)
塩田潮の「キーマンに聞く」【7】
2014年11月18日(火) PRESIDENT Online スペシャル

(1)消費増税は1年半延期した方がいい

【塩田潮】「アベノミクスを成功させる会」が10月22日に会合を開き、12月に予定されている消費税率再引き上げ実施の判断を前に、再増税延期を唱えたと報じられました。

【山本幸三 衆議院議員(自民党)・アベノミクスを成功させる会会長】はっきり言えば1年半、延期したほうがいい。その方向で勉強しています。予定どおり再増税したほうがいいという人の話も聞いていますが、経済指標をきちんと見て客観的、理論的に勉強し、そこから結論を導き出して提言しようと思っています。

【塩田】自民党で岸田派にいて、安倍晋三首相とは派閥も違っていますが、お付き合いが本格化したのはいつからですか。

【山本】2011年の東日本大震災の後、私たちが「増税によらない復興財源を求める会」という議員連盟をつくったときです。小泉純一郎内閣の官房長官だった2006年に日本銀行が量的金融緩和を解除し、第1次安倍内閣時代の07年にゼロ金利解除を行ったことが経済失速の原因になったと安倍さんが言っているという新聞のコラム記事を読み、安倍さんに会長を頼みにいきました。それ以前はほとんど付き合いはありませんでした。私が「われわれは将来的には日銀法改正とインフレ目標を考えています」と話したら、安倍さんは「わかった」と言って会長を引き受けてくれました。

その後、12年1月にこの議連を母体に120人規模の超党派の「デフレ・円高解消を確実にする会」を発足させました。今回、それを「アベノミクスを成功させる会」に名称変更し、第1回の会合を開いたわけです。メンバーは全員、自民党の国会議員です。派閥横断で、第1回の出席者は議員本人が45人、代理出席が37人でした。

【塩田】なぜ「アベノミクスを成功させる会」に衣更えしたのですか。

【山本】第2次安倍内閣となり、1年生議員が増えたので、アベノミクスとは何かという点を勉強してもらおうということで、アベノミクスを生み出すときにお手伝いいただいた浜田宏一先生(現内閣官房参与。イエール大学名誉教授)や岩田規久男さん(現日銀副総裁。元学習院大学教授)などを呼んで、基本的な勉強会を7回くらいやりました。その後、少し休んでいたのですが、消費税増税の影響でアベノミクスがおかしくなりつつあるので、失速させないために、改めて消費税の問題をどう考えるのか、アベノミクスを成功させるにはどうしたらいいかを考える勉強会を始めたわけです。

(2)国民の生活を守る基準を忘れないでほしい

【塩田】消費税率の8%への引き上げは昨年10月に実施が決定され、今年4月から実施になりましたが、このときは実施決定前に「早期の引き上げの決断を」と唱えていましたね。

【山本】海外の投資家から「日本の財政状況は厳しい」という話も聞いていたし、当初、私はむしろ増税したほうがいいと言っていました。それはアベノミクスの金融緩和で円安になれば、輸出が伸びるから、その分で消費税の悪影響の分は相殺できるので大丈夫だろうと予測していたのです。ところが、輸出は一向に伸びず、方針変更する必要があると考えるようになりました。私は消費税増税自体に反対というわけではありません。財政再建も重要なので、将来を考えれば、基本的には増税は避けられないと思っています。ただ、タイミングが問題なのです。

【塩田】なのに、今回は再増税延期の旗を振っています。

【山本】4月の増税で、アベノミクスは冷水を浴びせられて、下手をすると、失速しかねない状況だと思います。4~6月の四半期は増税の反動減があるのは当然ですが、7~9月期は戻ると見ていました。今年度の実質成長率も、落ちても0%まではいかないだろうと思っていましたが、いまは成長率はゼロかマイナスになるのではと心配しています。

輸出がまったく伸びない。工場の海外移転が大きい理由です。輸出構造が変わってしまった。消費税増税の影響を相殺する材料がないから、マイナスの影響だけが残った。消費の数字なども極めて悪い。実質所得がマイナスとなり、消費マインドが落ちています。 180度、方針転換するしかありません。1度、間違いを犯したわけですから、2回目は間違いを犯さないようにしないと、アベノミクスは沈没するという危機感を持っているのです。

本当は消費税再増税の延期どころか、取りあえずマイナスの影響を防ぐためにも、減税や、補正予算による給付金、補助金などを考えなければいけない状況だと思います。少し遅きに失したと思っていますが、日銀がぎりぎりのタイミングで追加金融緩和をやってくれたので、なんとか持っています。だが、それだけでは不十分です。株高と円安で、資産家や企業家はいいけど、マイナスの実質賃金という状況で一番、影響を受けているのは低所得者です。やはり手を打たなければ。

【塩田】安倍内閣の税率再引き上げの判断は11月下旬から12月上旬といわれていますが、来年度の予算編成の時期が迫っています。大蔵省(現財務省)の出身の山本さんは予算編成の内幕にも詳しいと思いますが、増税実施の判断と予算編成との関係は。

【山本】増税を延期するなら、できるだけ早く決断したほうがいいと思いますね。ただ財務省は、来年10月からの実施決定と延期決定の両方を想定して、両方の対応策を用意していますよ。役人とはそういうものです。この前、財務省の佐藤慎一主税局長がきて「どんなことがあっても対応できるようにしておくのが役人です」と言っていました。

【塩田】安倍首相の胸の内をどう読んでいますか。

【山本】安倍さんは延期したいのではという感触を持っています。実施を決断して、経済がダメになったら、安倍内閣が吹っ飛ぶ可能性もありますから。

財務省は一所懸命、増税実施の根回しをしているらしいですよ。安倍首相も大変苦しい決断をせざるを得ませんが、最後は国民の生活を守る、少しでも暮らしを豊かにするという基準は忘れないでほしいと思います。

(3)日本経済の失速が最大の心配材料である

【塩田】延期すれば、国債価格の下落や金利の高騰が起こるという懸念の声もあります。

【山本】私はまったくないと思っています。日銀が大量に国債を買っています。日銀という大きな買い手がいて、金利が急騰するなんてあり得ない。最近は財務省の人たちも「そんなことは言いません」と話しているから、心配はないことはわかっています。

国債の価格が下がるのは、日本政府に対して信用がない場合ですが、最近の海外の見方は、逆に日本経済の失速が最大の心配材料で、経済を立て直し、成長軌道に乗せることをやったほうが信頼感は上がると思う。アメリカのジェイコブ・ルー財務長官は「消費税増税は慎重に。延期したほうがいい」と、内政干渉に当たるくらいのことを言っています。いま世界経済はヨーロッパ、中国、ロシア、新興国とも、みんな悪い。いいのはアメリカだけで、そこで日本がこけたら大変だから、踏み止まってくれと言っているわけです。

【塩田】再増税を延期したら、2020年までにプライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字化するという約束を果たせなくなるという主張も根強いようです。

【山本】もともと2020年の黒字化は、消費税率を引き上げても達成できないという話が出ています。目標は「2015年の赤字半減化」ですね。いま精査していますが、これは再増税をしなくても十分、達成できるという数字を示すことができます。だから、まったく心配ない。むしろ再増税で経済成長が落ちて、税収が減る可能性があります。

【塩田】増税実施を延期することになれば、野田佳彦内閣時代に成立した消費税増税関連法の改正案を用意して国会で成立させる必要がありますね。

【山本】そうです。ですが、1年半の延期の場合は「2015年10月から」を「2017年4月から」と1行だけ改正する法案でいい。それだけの法案を出すか、毎年の所得税法の改正でやってしまえば一発で終わる。法律の技術上の話でできると思います。法案の提出は来年の通常国会になりますが、審議が難航することはないでしょう。

【塩田】延期する場合、なぜ1年半先の17年4月実施を想定するのですか。

【山本】あまり長く延ばしすぎてもいけないということが一つあります。1年の延期では、デフレから脱却したかどうか、物価の判定を見るのに十分ではない。成長率がゼロになり、消費税率の2%引き上げを行うと、実質賃金がまたマイナスになってしまう可能性もあり、状況として十分に自信が持てない。もう一つは、10月実施だと年末商戦に水をかけることになる。予算編成からも、事業者の準備を考えても、年度の変わり目が一番いい。

いま実質賃金はマイナス3%くらいですが、円安・株高で企業の業績はいいから、春闘で名目賃金は毎年1.5%くらい上がっていきます。そうすると、再来年はゼロくらいになり、その次の17年の春闘でさらに1.5%上がれば、消費税率を2%上げても十分にプラスでいけるという計算ですね。

【塩田】15年10月実施だと、来年9月の自民党総裁選の直後です。17年4月なら、16年7月の参院選の9ヵ月後で、選挙への悪影響は少ない。政治日程との関係もあるのでは。

【山本】深読みすれば、そういう考え方もあるかもしれませんが、私は基本的には経済の数字に基づいて、それくらいかなと思っています。

(4)「経済の安倍」を打ち出さなければ浮上しない

【塩田】最近の10年前後を振り返って、現在の日本経済はどういう状態と見ていますか。

【山本】いまは15年以上にわたるデフレから脱却できるかどうかの瀬戸際で、非常に重要で微妙な時期と認識しています。失敗すると、もう二度とデフレから脱却できない。デフレに戻るか、スタグフレーション的な状況になるかです。成長はなくて物価が上がっていくという最悪の状況になると思います。だから、増税政策は慎重に考えなければいけない。

【塩田】その瀬戸際の時期に、安倍首相が再登場しました。「デフレ・円高解消を確実にする会」で経済の勉強を重ねていた時代と比べて、どう変化・成長を遂げましたか。

【山本】あの頃は時間もあったので、熱心に勉強会に参加していました。会での挨拶も、日銀に対する疑問点など、非常に的確に問題点を捉えていた。浜田先生や岩田さんの話を聴き、先生方の本をじっくり読んでいますね。それ以前は、安倍さんが経済について話をするのはほとんど聞いたことがなかったので、びっくりしました。

【塩田】「外交・安全保障・憲法」系といわれ、経済は得意分野ではなかったのに、当時、なぜ脱デフレや経済再生など、経済政策に関心を持つようになったのでしょうか。

【山本】私は最初に「増税によらない復興財源を求める会」の会長をお願いするとき、安倍さんに「本当に再起するためには『憲法や安全保障や教育問題の安倍』ではダメです。『経済の安倍』を打ち出さなければ絶対に浮上しませんよ」という話をした。安倍さんは「そのとおりだ」と言った。多くの人々は自分の生活が安定して初めて憲法などの問題について考えてみようという感じになる。安倍さんは第1次内閣で失敗した後、いろいろと考え、その点をきちんと認識したのではないでしょうか。

【塩田】第1次内閣時代の安倍首相をどう見ていましたか。

【山本】私は当時、経済産業副大臣を務めていましたが、あまりにいろいろなことに手を出しすぎているという感じでした。もっと経済に尽力してもらいたいという気がしました。安倍さんは以前からずっと日銀批判をしていて、官房長官時代から日銀の問題が意識にあったと思いますが、じゃあどうしたらいいか、そのときはまだわかっていなかったと思う。私たちとの勉強会で先生方の話を聴いて、ピンときたんでしょうね。

【塩田】経済政策への取り組み方は、第2次内閣になって大きな変化がありましたか。

【山本】 180度違います。日銀総裁に黒田東彦さんを起用した。国会答弁もしっかりしています。非常に心強いですね。この2年、私も予算委員会に入りましたが、安倍首相が一番、経済がわかっている。答弁を聞いていると、よくわかる。完璧に理解していますね。

(5)いま日本の財政はすごく改善している

【塩田】アベノミクスの行方が気になります。「3本の矢」のうち、第1の異次元の金融緩和、第2の機動的財政政策は、それなりに効果を発揮していると思いますが、第3の成長戦略はいまだ道半ばで、課題山積です。アベノミクスの成否は成長戦略がカギと見られますが、経済の持続的な成長を図るには、政府は何をすべきだと考えていますか。

【山本】「アベノミクスの成功」は、物価が2%で安定し、完全雇用が実現し、政府の中期的な目標である経済成長率が実質で2%、名目で3%が達成されることです。これができなければ、アベノミクスは成功とはいえない。だから、この目標が達成できなくなるような政策は絶対にやるべきではないというのが私の理解です。

成長戦略は、人によって見方がいろいろと違うから、決め手はないが、何よりも規制緩和と税制改正でしょう。TPP(環太平洋経済連携協定)も早く仕上げる。その路線にいかざるを得ないと思うことが大事でしょうね。法人税改革も必要だと思います。

【塩田】日本は巨大な財政赤字を抱えていますが、その点をどう見ていますか。

【山本】でも、いま日本の財政はすごく改善していると私は言っているんですが、わかってもらえない。日銀が 235兆円も国債を買っていますが、日銀が国債を買ったら、増税する必要がないから、買った途端に、財政負担がなくなる。普通ならインフレになるから許されないが、デフレのときはインフレになるまで日銀が買い入れることができる。

一方で、日本は約650兆円の資産を持っています。だが、債務が約1000兆円あるから、純粋には 350兆円くらいしかない。アメリカとそんなに変わらない。財務省は絶対に言わないけど、そう考えれば、いま財政はすごく好転しているんですよ。

【塩田】国民にとって、政治が果たすべき一番の役割は何だと思いますか。

【山本】政治の最終目的は何かといえば、私は物価の安定と完全雇用と適正な成長だと考えています。それをつねに念頭に置いて、国民生活を守り、豊かにすることにつなげることですね。金融も財政もそれぞれの目的がある。日銀は物価を、財政当局は財政健全化ばかりを考えます。全体を見て、本来の最終目的の達成のためにはどういう組み合わせがいいか、どのタイミングがいいか、その判断は政治家しかできないと思う。

物価の安定、完全雇用、適正な成長の中で、もっとも大事なのは完全雇用です。若者がきちんと仕事を得られることが最重要のポイントです。

【塩田】どうやれば、完全雇用に近づけることができますか。

【山本】物価目標を安定させ、経済を成長させれば、完全雇用に近くなる。若者がいつでも仕事が見つけられるようにする。できれば正規雇用で、安定した生活が確保できるようにする。それが政治家として一番やるべきことです。

(6)政治リーダーに必要な洞察力、責任力、実行力

【塩田】3年3カ月、野党を経験した自民党が変化したと思うのはどんな点ですか。

【山本】中の風通しが非常によくなった。以前は先輩政治家がにらみを利かせて、何も言えないという雰囲気があったけど、それがなくなったと思います。

それから、できるだけ地方に出向かなければという気持ちがみんなにある。有権者により近づくような感じにならなければという反省が生まれたのではないかと思いますね。

野党体験は面白かった。自民党にとって大きな肥やしになっているところがある。いま私らが野党だったら、もっと厳しく追及をするのに、と思ったりすることがあります。

【塩田】党の体質や構造という点で、大きく変化したと感じるところがありますか。

【山本】非常に強く感じます。首相官邸の力が強くなっているのは確かでしょうね。衆議院議員の選挙に小選挙区制が導入されてから、なかなか官邸に歯向かえなくなってきた。

【塩田】大蔵官僚を経て国会議員になっていますが、大学卒業後、なぜ大蔵省に。

【山本】子供の頃、始まったばかりのテレビ放送の国会中継で、当時の池田勇人首相の所得倍増などの演説を見ていて、政治家が面白そうだという感じを持った。母親から「世のため人のため役に立て」といつも言われていたから、大学に入ってから、民間の金儲けなどではなく、政治家がいいと思った。だけど、すぐには政治家になれない。池田元首相のように、大蔵省にいけば政治家になれる可能性があるのではと思った。
【塩田】政治家になって、どんな目標を達成しようと思ったのですか。

【山本】やはり財政、金融です。日本経済を立て直せたらいいなとずっと思っていた。

【塩田】政治リーダーに必要な資質や条件はどういう点だと思いますか。

【山本】それは洞察力と責任力と実行力。

【塩田】政治家になって、いままでで一番辛かったことは何ですか。

【山本】日銀を批判して、脱デフレ政策が必要と言い続けてきたのに、「あいつは変わり者だ」とか「極端すぎる」と見られてきた。それからポストにも恵まれない。阻害されたような感じがずっと続いたことですね。

【塩田】反対に一番嬉しかったことは。

【山本】それでも信念を曲げないで言い続けてきて、安倍さんのお陰で一気に変わり、私が主張してきた政策が採り入れられて成果を上げたことです。ここまでの努力を無駄にしたくないので、また一踏ん張り頑張らなければと思った。

(このインタビューは2014年11月7日に行いました)