SYNODOS(シノドス) 「アベノミクスを成功させるために、消費税増税を先送りせよ 山本幸三×飯田泰之」

 

消費税率10%への引き上げを判断する時期が迫っている。10月22日には「アベノミクスを成功させる会」の会合が開かれ、会長を務める山本幸三議員が、消費税増税は先送りするべきだと発言した旨が報道される。これまで消費税増税に賛成していた山本議員は、なぜここにきて増税先送りへと考えを改めたのか。今年4月の消費税増税は日本経済にどれだけの影響を与えてきたのか。経済学者・飯田泰之が、山本幸三議員にインタビューを行った。(構成/金子昂)

 

 

なぜ増税先送りに考えを変えたか

 

飯田 消費税増税を断行すべきか、たいへんな議論となっています。その中で山本議員が会長を務められている議員連盟「アベノミクスを成功させる会」の第一回会合が開かれ、出席した多くの議員が増税先送りに賛同したという報道が大きくなされました。議員の出席が45名、代理が37名とのことですので、自民党内でも増税すべきでないと考える議員が増えているということだと思います。

 

まずお伺いしたいのは、もともと消費税増税に賛成されていた山本議員が、なぜご意見を変えられて、増税を先送りすべきだと考えたのかという点です。

 

山本 増税しても大丈夫だと思っていたのは、金融緩和によって円安になれば輸出が伸びて、消費税増税の影響を相殺してくれるというのが根拠でした。しかし輸出構造が変わっていて、思った以上に輸出が伸びなかった。であれば増税は実質賃金に対してマイナスの影響しかありませんから、8月末に、これは180度意見を変えるしかないと思ったんですね。

 

飯田 やはり予想よりも数字が悪いと。

 

山本 悪いですね。4-6月期に消費が落ちるのは仕方ないけど、7-8月期になっても消費は回復していない。それどころか消費マインドは落ちだしている。住宅投資も生産も落ちだしている。変節と言われるかもしれないけれど、経済は生き物ですから、過去の主張に拘泥して判断を間違えるよりは、客観的に実証的に物事を捉えて考えたほうがいいいと思うんですよね。

 

飯田 おっしゃる通りだと思います。

 

消費税増税の影響は、省庁だけでなく民間企業も比較的甘く見ていたところがあるようです。4月以降の在庫の動きを見ると、典型的な「意図せざる在庫増」といってよいでしょう。すでに在庫調整局面になっているといってよい。雇用情勢の改善に勢いがなくなってきたことにもすでにこれはあらわれています。調整に1年かかるとしたら、来年10月の増税はもはや不可能でしょう。

 

山本 不可能だと思いますね。消費税増税をするならば、増税しても大丈夫だというくらいに、実質賃金がプラスにならないといけない。そのためには増税を先送りして、その間に追加の金融緩和であったり、財政政策――といっても公共投資ではなく給付金などですね。それによって懐を温まれば、増税も可能になるんじゃないかと思っているんですよね。将来的には消費税をあげないといけないとぼくは思ってるので。

 

飯田 ぼくもいずれ何らかの形での財源確保はしなくてはいけないと思っています。しかし、いまがその時期ではないのは確かです。

 

 

アベノミクスは低所得者の敵か?

 

飯田 アベノミクスが地方と低所得者を犠牲にしているというイメージが定着しつつあります。消費税はその逆進性から、そもそも低所得者層に厳しい選択ですから、このイメージは間違いではない。しかし、そのせいで金融緩和まで同じイメージで語られてしまっています。

 

山本 金持ちのためって印象になっちゃったんですね。

 

飯田 アベノミクスで最初に伸びたのが株価です。そして消費税増税で低所得者を叩いてしまった。確かに印象は悪いですよね。でももともとの出自でいうと、金融緩和は労働市場を改善するものですから、失業者に優しい政策なんですよね。

 

山本 そうなんだけどね、そのイメージが伝わっていない。

 

飯田 毎月勤労統計をみると、正規労働者の給料は明確にあがっています。ただ2%しかあがっていないので、消費税増税も含めて物価が3%上がっているとなると、結局マイナスです。つまり、消費税増税がなかったらさっそくプラスになっていた。

 

山本 本当は増税どころか、減税なり給付金を増やすなりして、低所得者層を安定させないといけない。

 

飯田 実際のところ、パート・アルバイトの賃金も消費税増税までは上昇傾向でした。パート・アルバイトでよければ、仕事はすぐ見つかる状況になっていた。その意味では、最貧層には恩恵が及んでいるわけです。アベノミクスのなかでも一本目の矢は決して金持ちの味方・貧乏人の敵ではない。所得に関しては中立、ないしはむしろ格差是正的な側面もあるのに、どうもイメージが悪い。

 

その上、消費税増税に法人減税をパッケージングしたら、イメージはさらに悪くなってしまうでしょう。「やっぱり企業の味方なんだ」と思われてしまうのは、安倍政権にとってももったいないことでしょう。もはや消費税増税による景況の悪化すら金融緩和のせいになっていますからね……。

 

 

アベノミクスと消費税増税はまったくの別物

 

飯田 97年以降、ずっとデフレで、ダメな金融政策を打ってきた日本が、ようやくこの1年半ほどマシになってきた。ただこれはあくまで小康状態で、回復はしていない。その段階での増税が、どれだけダメージを与えるのかは、今回改めて認識されたことだと思います。

 

山本 特に地方や低所得者への影響がでかかった。

 

飯田 はい。例えば家計調査をみると、収入が200万円以下の世帯の消費は、支出額が-10%以上。消費税が3%あがったことを考えると、事実上-13%以上のインパクトがあったということでしょう。アベノミクスによって貧富の差が拡大したという議論があります。あるいは消費税増税をしないということは、アベノミクスの失敗だ、と言っている人もいます。山本議員はいかがお考えですか?

 

山本 まずアベノミクスで貧富の差が拡大したわけではありません。これは消費税増税の影響です。アベノミクスと消費税増税はまったくの別物。この違いは気を付けないといかん。この前、「アベノミクスにとって消費税増税はありがた迷惑な話なんだ」と産経新聞に話したら、“ありがた”のところを取って“迷惑”って書かれちゃったんだけど(笑)。

 

 

「消費税再増税は“迷惑”、1年半先送りを」

http://www.sankei.com/politics/news/141025/plt1410250006-n1.html

 

 

飯田 あはは(笑)。

 

山本 アベノミクスはエンジン全開で離陸しようとする政策で、消費税はブレーキをかける政策ですから、そこはまったく違います。

 

まあ野党が政権を批判するときにそうした戦略をとるのはよくわかります。ただ、アベノミクスを打ち出す前から消費税をあげることは決められちゃっていたわけですからね。もちろん消費税増税までに輸出が回復して影響を相殺できるはずだという見込みが甘かったことは反省しなくてはいけないんだけど。

 

飯田 すでに非正規雇用層では、人手不足も深刻になっています。消費税増税前の状況が1年続けば、需給逼迫によって賃金も確実に上がってくる。しかも高所得者よりも低所得者のほうが、速やかに上がります。そうなると国民全体として、消費税による負担は軽微になって、将来の財政再建も可能になってくる。

 

山本 そうそう。幸いなことにアベノミクスで雇用市場はよくなっています。しかし急ぎすぎると、消費も生産も投資も落ちて、全部が駄目になる。大切なのは、同じ過ちを繰り返さないことですよ。物価が安定して、成長路線にのることが確認されて、実質賃金があがったときに、消費税をあげればいいと思う。

 

 

日本経済が沈没したら困る

 

飯田 消費税増税を取りやめると、国債金利の急騰が起きるという議論をいまだにやっている人がいて、困っているんですが(笑)。

 

山本 いやあ、日銀が買うんだからねえ。

 

飯田 むしろ買い進みすぎて金利がマイナスになっているときすらある。去年、金利急騰がありましたが、それだって1%に届いていませんでした。

 

山本 なんの心配もありませんよ。

 

国際的信用っていいますけど、日本経済が沈没したら困るというのが海外の最大の懸念材料なんですよ。経済をしっかり立て直す姿勢を示したほうが、日本に対する信頼が高まるでしょう。実際、アメリカのルー財務長官もそういっていましたよね。

 

飯田 海外の閣僚があそこまではっきりと批判するのは驚きですよね。踏み込んだ発言をしたら内政干渉になりかねませんから。

 

山本 「財政再建のペースを注意深く調整する必要がある」でしょう。かなり踏み込んでいますね(笑)。

 

飯田 メディアで、ルー財務長官の発言を扱っていたのは全国紙では1社、地上波でも1社だけ。IMFの中堅どころの書いたそれほど影響力の無いレポートは大きく報道するのに(笑)。

 

山本 格付け機関も、ニューヨークタイムズ、ファイナンシャルタイムズ、エコノミストだって延期したほうがいいと報道している。世界経済全体でみれば、ヨーロッパも駄目、中国も駄目、新興国も駄目ですから、日本に失速されたらたまったもんじゃないんじゃないですかね。

出口戦略を考える時期ではない

 

飯田 「さっさと出口戦略を立てろ」という声もありますね。アメリカだってリーマン以降拡大させ続けてきた金融緩和に関して、ようやく資産買入れプログラムを終わらせることになりました。しかも金利については、相当の長期にわたってゼロを維持したいと言っている。日本はなにをそんなに急いでいるんでしょうか。

 

山本 経済の実態をじっくり見ていないんだと思いますね。7-9月期の数字がどうなるか、まだわかりませんが、GDP成長率が3.8%を切ったら1-6月期の平均に比べてマイナスですからね。

 

飯田 民間予想の中央値だと2%台のようです。

 

山本 3%きるんですか……。このまま続けるとスタグフレーションになってしまいますよ。

 

飯田 しかも官製の……。

 

山本 そんなことやるわけにいかない。おそらく今年度の成長率はゼロでしょう。来年度もゼロ。予定通り増税したらマイナスでしょうね。2015年にプライマリーバランスを黒字化するなんて無理でしょう。だったら、消費税増税は2017年4月に実施して、それまでの計画をしっかりつくるほうがいい。

 

飯田 物価が上昇しているのだから、金融緩和は早くやめるべきだという議論もありますが、消費者物価指数増加分の3.3%のうち、2.1~2.2%は消費税増税によるものです。企業物価指数(CGPI)も、3.7%増加のうち2.7%が消費税。つまり物価上昇のほとんどが消費税なんですね。

 

この景況だと、おそらく増税分が、そのまま中小企業や地方の粗利減少に結びついていると思います。

 

山本 結びついていますね。どうも消費税の滞納が増えているようですよ。ようは払えない。資金繰りでたいへんですから。

 

 

心情倫理的な増税強硬派?

 

飯田 景気の立ち上がり初期の段階で増税をして失敗したとなると、典型的なイギリスのパターンです。イギリスの場合はその後も継続された強力な金融緩和のせいで多少は緩和された側面はありますが、回復がアメリカに何歩も遅れた原因はおそらく増税によるものでしょう。

 

イギリスの例がある。その上、身をもって経験もしている。ここまでソースがそろっているのですから、君子は豹変すであって欲しい。それでもなお予定通り増税をするとなると、これは「言ったことをやる」という政治家の美学みたいなものによるのでは、と……いぶかしんでしまうのです。一体全体増税強硬派の根拠はどこにあるのでしょうか。

 

山本 どうも「財政健全一本!」という感じですね。経済は普通の循環状況なら、上がったり下がったりするだろう。消費税増税は決めたことなんだし、財政を健全化しないと国際信用を失ってしまう、ということなんですね。これは経済実態を客観的に把握した上での議論じゃない。心情倫理的なんですよね。結果倫理や責任倫理じゃない。「財政健全化を貫きます」と言っていれば、経済が駄目になってもいいんだって話す人までいて……。

 

飯田 いやあ……(苦笑)。日本らしいですよね。

 

山本 腹切り精神だな、こりゃあ。われわれが考えなくてはいけないのは国民生活がどうなるか。多くの国民の生活が守られて豊かになることを基準にしないといけませんよ。

 

安定化政策としての消費税増税

 

飯田 消費税増税を先送りするとなった場合、どのような手続きになるのでしょうか。

 

山本 いまの法案に書いてある「2015年10月から」を「2017年4月から」に直せばいいだけですね。そのための改正案を提出すればいい。もちろん議論はいろいろと起きるでしょうけど。

 

飯田 附則を使うよりは本文を直す、と。

 

山本 附則を残しておけば、リーマンショックのような事態になったときに延期を検討できます。順調に景気がよくなっていたらそのときは増税すればいい。

 

飯田 山本議員もぼくも、いずれ消費税増税をしなくてはいけないと考えています。長期的な財政再建のためには、安定税源として消費税が重要になってくる。ようはタイミング論なんだと思うんですね。

 

山本 だから財務省には「急がばまわれ」と言っているんだけどねえ。

 

飯田 フィリップス曲線は時代遅れだという人もいますが、おおよその目安を考えるには非常に便利です。インフレ率が2%のとき、失業率はだいたい2.5%くらいになるんですね。消費税分を除くコアコアCPIが1年1%半ば上昇、総合CPIが2%で、完全失業率が3%くらいなら維持不可能な水準ではない。むしろ金融緩和の効果が十分あらわれて、給料も上がり始めると、インフレにブレーキをかけるために消費税増税をしなくてはいけない局面がいずれはでてくる。

 

 

山本 オリンピック・パラリンピックもあるから、1年半もすればそういうことも出てくるでしょうね。

 

飯田 安定化政策としても、消費税増税の話は出てくると思うんです。だから性急に決めるのではなくて、最も利益のあるタイミングを見計らうのが必要なんだと思います。

 

 

増税強行で安倍内閣は潰れてしまう?

 

飯田 増税に対してストップをかけようという政治的な動きも強まっていますが、自民党内で、増税延期の機運はどのくらい高まっているのでしょうか。

 

山本 「アベノミクスを成功させる会」で議員が45名、代理が37名。今後の会合に参加したいという声もかかってきていますから、かなり局面が変わって来ているんだと思いますね。とくに世論調査で7割が増税に反対している中で、選挙区に帰った1年生議員は、肩身の狭い思いをしている。増税が自民党にとっていい風になるとは思えませんから、大半の人はやめてほしいと思っているんじゃないですか。

 

飯田 公明党はいかがでしょうか。支持層に中小企業経営者や自営業主が多いので、本来なら消費税増税をまっさきに反対するものだと思うのですが……。

 

山本 低所得の支持者も多いからね。今後本田参与を呼んで勉強会を開くみたいですから、これから機運が変わってくるかもしれない。

 

野党はねえ……民主党がよくわからない。

 

飯田 (苦笑)。

 

山本 維新の党、生活の党、次世代の党は反対していますね。

 

飯田 みんなの党ももともと増税反対ですね。となると、消費税増税を賛成しているのは、自民党と公明党の中にいる美学派といいますか、「決めたんだからきちんとやる」人たち、あとは民主党ということになりますね。

 

安倍首相ご本人、菅官房長官、そして閣僚をされている先生方はどのような反応をされていますか。

 

山本 菅さんは延期したいと思っているんじゃないかなあ。安倍さんは中立を保っていますね。甘利さんも慎重派かなあ。麻生さんは立場上、増税すると言わざるを得ないでしょう。他の大臣はわからないです。うーん……増税を強行したら安倍内閣は潰れてしまうとぼくは思うんですけどね。

 

飯田 ぼくもそう思います。

 

今後の動向を見守りつつ、山本議員のご活躍に期待したいと思います。今日はありがとうございました。

 

(10月30日 衆議院第二議員会館にて)