朝日新聞「(時時刻刻)消費税10%、自民内で攻防 42議員、延期提言へ会合」

安倍晋三首相が年内に判断する消費税率10%への引き上げをめぐり、安倍政権内の攻防が22日、幕を開けた。引き上げ延期を求める勢力が会合を開いて気勢を上げれば、財政規律を重視するベテラン議員らは、来年10月に予定通り増税するよう切り返す。攻防激化の背景には、足元の景況感が弱含んでいることがある。

 「増税は慎重にタイミングをはかるべきだ。いまアベノミクスと消費増税がせめぎ合いをしている」
 22日昼の自民党本部。消費税率10%への引き上げ延期を求める会合が開かれ、山本幸三・元経済産業副大臣が衆参41議員を前に熱弁をふるった。会合は山本氏が会長を務める議員連盟「アベノミクスを成功させる会」が開いた。円安でも輸出が伸びない現状に「消費税は将来的に上げないといけないが、今だとマイナスの影響が出る」(山本氏)と危機感を募らせる。
 山本氏は事前に、首相にメールを送り、会合の存在をアピールした。首相が引き上げの是非を判断する年末を前に、引き上げ延期を求める提言をまとめる。
 延期論の背景には、安倍政権の最大の看板アベノミクスが失速すれば、政権の屋台骨を大きく揺るがしかねないという危機感がある。また、選挙基盤の弱い若手議員の中には、増税に慎重な世論を無視できないとの思いが強い。
 会合に出席した西田昌司参院議員は記者団に「(法律で)決めたからといって思考停止になるのは政治的に責任放棄だ」と語り、財政規律より、デフレ脱却を優先させるべきだと強調した。
 2閣僚の辞任で支持率低下が懸念される中、増税という政治的リスクをとる必要はないとの意見もある。
 こうした勢力を勢いづけたのが、首相の経済政策のブレーンで延期論を主張する本田悦朗内閣官房参与の出席だった。首相には事前に連絡したといい、会合では「無理に再増税をしたら、アベノミクスは壊れてしまう」と持論を展開した。
 さらに、山本氏の「成功させる会」の前身は、かつて首相自ら会長を務めていた「デフレ・円高解消を確実にする会」だ。それだけに、議連のメンバーの中には、首相に提言を重く受け止めてもらえるとの期待が膨らむ。(小野甲太郎)

 ■「予定通りに」なお大勢
 一方、「予定通り増税派」も負けてはいない。
 「勉強するのは結構だが、自民党税制調査会に出席のみなさんが正々堂々と議論するのが自民党の正道だ。教室の中で議論してもらいたい」。自民党の野田毅税調会長は22日、記者団にこう語り、延期派の会合は「教室外」の非正規なものと言わんばかりだった。
 「増税派」の牙城(がじょう)でもある党税調はこの日、延期派に対抗し、若手議員らを対象にした勉強会をぶつけた。自民党本部には、高村正彦副総裁や額賀福志郎元財務相ら税制を仕切る重鎮が続々と入り、70人超の議員が集まった。
 野田氏らは、消費税率引き上げを先送りすれば、市場から財政再建が一段と遠のいたとみられ、財政への信認が失われる可能性を想定。「リーマン・ショック級の景気後退でない限り、延期すべきでない」(野田氏)との立場だ。
 政権内では、こうした「予定通り派」が主要な地位を占める。
 9月の内閣改造で、2012年の「社会保障と税の一体改革」の際、自民党総裁として自民、公明、民主の3党合意を主導した当時の谷垣禎一総裁が幹事長に就任。さらに、辞任した小渕優子経済産業相の後任には「財務省より財務省寄り」(現職閣僚)といわれる宮沢洋一氏が就いた。公明党の山口那津男代表も21日の講演で「引き上げしないとなれば、法律を作り直したり、なぜやらないかを説明したり、先々どうするのということも問われる」と述べ、延期論にクギを刺した。
 仮に延期する場合、首相はこうした人々を説得しなければならず、政治的なエネルギーは並大抵ではないが、首相はあくまで「中立」を貫く。経済の行方次第で引き上げ延期も選択肢にフリーハンドを保つ一方、予定通り上げる場合でも、財務省が渋る減税や大規模な経済対策と引き換えにすればいいとの計算ものぞく。
 腹心の菅義偉官房長官は22日の会見でこう述べた。「デフレ脱却を最優先する中、財政再建という極めて大事な問題もある。安倍政権は二兎(にと)を追って二兎得る政権だ」(鯨岡仁)

 ■崩れた回復シナリオ 景気判断、引き下げ続く
 増税先送り論が強まる背景には、消費税率をまず8%に上げた4月以降の景気回復のもたつきがある。
 「(日本経済が)風邪かどうか分析する必要がある。消費と生産が弱含みなのは事実だ」。甘利明経済再生相は21日、政府が2カ月続けて景気の基調判断を引き下げた後の会見でこう語った。4月の増税後、自動車や住宅などの買い控えが長引き、売れ行きが伸びないから生産も増えず、在庫が膨らんでいる状態だ。
 4~6月期の実質の経済成長率(GDP)は、「駆け込み需要」の反動で年率マイナス7・1%まで落ち込んだ。大手を中心に企業はもうかっているので夏のボーナスが増え、個人消費も夏には回復するシナリオだったが、天候不順もあって消費は夏以降も低迷が続く。世界経済全体が停滞して輸出も伸びず、政府の景気回復シナリオは崩れた。
 消費が戻らないのは、8%への増税による負担増に賃金の上昇が追いつかず、物価の影響を加味した「実質賃金」が減っていることも響いている。8月は前年同月比2・6%減で、14カ月連続で減った。
 アベノミクスで株価が上がり、大企業や株を持つ資産家などはもうかっているが、地方で暮らす人や中小企業に勤める人の多くは回復を実感できずにいる。再増税すれば消費が一段と冷え込みかねない。かといって再増税を見送れば、1千兆円を超える政府の借金を返せなくなるとの心配が広がり、国債が値下がりして金利が急騰する懸念も指摘されている。(野沢哲也)

 【写真説明】
自民党議連「アベノミクスを成功させる会」であいさつする山本幸三氏。左は本田悦朗内閣官房参与=22日午前、東京・永田町、越田省吾撮影
 【図】
消費税10%判断への主な日程/足元の景気は?