自民党・山本幸三氏とBNPパリバ証券・河野龍太郎氏に聞く

 

2013年10月10日 時事通信社 金融財政ビジネス

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今年3月に就任した黒田東彦総裁の下、日銀が4月4日に「異次元緩和」を導入してから半年が経過した。日本の景気は着実に回復の道筋をたどりつつあり、これまでのところは順風満帆とも言える「黒田日銀」。その評価や今後の課題について、安倍政権の経済政策「アベノミクス」の仕掛け人の一人である自民党の山本幸三衆院議員と、緩和効果に懐疑的な立場の河野龍太郎BNPパリバ証券チーフエコノミストに聞いた(インタビューはいずれも9月に実施)。

 

消費増税時の追加緩和も選択肢=山本幸三氏

――「黒田日銀」をどう評価するか。

山本幸三氏 百点満点だ。金融政策のレジーム(体制)転換をしっかり果たした。マネタリーベース(資金供給量)を2014年末に270兆円まで増やすというのは、想像していた以上の数字だ。この政策でまず円安・株高になり、人々の期待をインフレ予想に変えた。さらに実体経済にも確実に効果が浸透してきている。失業率は着実に下がってきているし、設備投資もいよいよプラスになった。これほど見事な景気の回復ぶりはない。

 

――「2年で2%」の物価目標は達成可能か。

山本氏 過去の日本経済のデータから見て、他国の政策を含めた国際環境が急変しない限り、達成は十分に可能だ。もっとも、固定的に2%ではなく、そのプラスマイナスー%の範囲で安定していくのが一番いいと考えている。このまま行けば1%は確実に超えるだろうし、1・5%を超えればほぼ達成とみて構わない。そこから上がりつつあるという感じで安定していれば十分だ。

 

――黒田総裁は消費増税先送りを牽制し続けた。

山本氏 「デフレ脱却には責任を持つから、消費増税は財政健全化の’観点からちゃんとやってくれ」と毅然と言ってもらって結構だ。増税による景気悪化を心配する必要はない。デフレは貨幣現象だ。お金をどんどん出しさえすれば解消する。(増税に慎重な)浜田宏一内閣官房参与はそのことを忘れているみたいだ。

私は海外でアペノミクスをPRして回ってきたが、海外投資家から質問が集中したのはやはり消費税だった。予定通り増税しなければ、「日本は構造改革する気が本当はない」と思われ、株が売られてアベノミクスの効果が吹き飛ぶ。

 

――消費増税に合わせて日銀は追加緩和すべきか。

山本氏 政府は補正予算を組むし、追加緩和を少し考えてもいい。来年4~6月が一番問題だから、その時は追加緩和的に国債などの買い入れペースを少し速めて、お金を出したらいいんじゃないか。市場が大きいのは国債だが、具体的な手段やタイミングは日銀に任せたい。結果的にマネタリーベースが目標の270兆円を超えても構わない。

 

――黒田総裁は日銀に何をもたらしたか。

山本氏 日銀のカルチャーを全く変えた。白川方明前総裁までの日銀は物価に対して受け身だった。それを「自分たちが責任を持って物価を動かす」という姿勢に短期間で完全に変えた。日銀内がここまで簡単に変わったのには驚かされた。後から聞くと、内部にも若手を中心に「今までのやり方はおかしい」という鬱積した雰囲気があったようだ。そこに黒田総裁が来て、一突きでその殻を破ったら、あっという間に全体の空気が変わったという感じではないか。

 

――政府・日銀の今後の関係はどうあるべきか。

山本氏 目標については政府と日銀で共有してもらわなくてはいけないが、金融政策の手段やタイミングは日銀に完全に任せるという整理でこれからもやるべきだ。ただ、本当は日銀法を改正して制度的に担保した方がいいと思う。その方が日銀も(外部から)いろいろと言われないで済み、安定性も高まるのではないか。黒田総裁が辞めるまでに改正しなければいけないと思っている。今は始まったばかりなのでいろんな雑音が入らない方がいい。落ち着いたところで議論を始めたい。

 

早く出口政策打ち出すべき=河野龍太郎氏

――異次元緩和の効果は。

河野龍太郎氏 消費者物価はプラスに転じたが、ほとんどは円安要因で、その効果は一時的だ。輸入物価中心に物価が押し上かっており、多くの人が望むデフレ脱却の形態ではないだろう。物価が継続的に上昇するには、長引くデフレの原因であるサービス価格や賃金の上昇が必要だ。黒田総裁は「期待に働き掛ける」と言っている。しかし、株や為替と違い、これらは需給ギャップが改善した後にゆっくりと上昇する性格のものだ。ミクロで考えると、例えば「将来物価は上がる」と見込んで小売店が販売価格を決めるようなことはしないだろう。金融政策だけでは効果はない。

 

――「2年で2%」の物価目標達成は可能か。

河野氏 金融政策だけでは無理だが、政府が追加の財政出動を今後も継続的に行えば、需給ギャップは改善するので物価は押し上げることができる。総需要を刺激するのは財政。あくまで「主」は財政で金融政策は「従」だ。これを続ければ2年はともかく、2%は達成できるかもしれない。

しかし、この政策は副作用が大きい。公的債務が相当な規模に膨らみ、長期金利が上昇すれば財政危機を引き起こすリスクがある。このため、デフレ脱却に成功した段階から、政府と日銀の政策目標は金利上昇を避けることに変質せざるを得ない。日銀は財政への配慮から、大量の国債購入やゼロ金利政策をやめられなくなってしまう。出口はやってこないということだ。

 

――日銀はどうすべきか。

河野氏 デフレ脱却が近づけば、「出口はやってこない」という懸念自体が国債市場を混乱させる恐れがある。市場はまだデフレ脱却まで織り込んでおらず、今は長期金利も落ち着いているが、早ければ15年後半ぐらいからそういう状況が訪れる可能性がある。日銀はその前に早く出口政策の姿を打ち出すべきだ。黒田総裁は「まだ出口を語る時ではない」と言っているが、スムーズに出られるというなら、その経路をちゃんと表明すべきだ。

 

――ソフトランディングは困難か。

河野氏 これからは目の前の火を消していくという政策になる。うまく行くかどうかは分からない。長期金利の上昇を避けるため、日銀だけでなくあらゆる公的な金融機関が大量の国債を買わざるを得なくなる。民間金融機関に国債購入のインセンティブを与える制度変更も必要となるだろう。これは本質的に公的債務の問題であり、公的債務が圧縮されないと、出口はやってこない。長期金利を低く維持してマイナスの実質金利を創りだし、預金者に「インフレタックス」を掛けることで公的債務をを圧縮する「金融抑圧」という政策につながってしまうのではないか。

 

――異次元緩和の歴史的意味は

河野氏 金融抑圧への大きな転換点になったのではないか、とみている。1999年2月のゼロ金利政策導入や10年10月の包括緩和導入が第一歩だったかもしれないが、今回は決定的だ。後戻りできなくなった可能性がある。本来、公的債務の圧縮は増税や歳出削減で対応すべきだ。しかし、有権者に直接負担を強いるのは難しく、どこの国でも結局、中央銀行にしわ寄せが行き、中央銀行がはいるべきではない領域に入ってきている。これは一種の議会制民主主義の病理とも言える。

 

◎聞き手
岩田馨 経済部
宇山謙一郎 経済部